総論で述べた急性心不全の6病態(表1)はそれぞれが独立した概念ではない.共通領域が交絡している27).いずれの病態においても,図3に従っ
て初期対応にあたり,救急処置室,CCUやICUなどに収容し,Killip分類(表3),Nohria-Stevensonプロファイル(図1b),心エコー検査,動脈血液ガス
分析,さらに必要な場合にはSwan-Ganz カテーテル法による血行動態評価(図1a)により重症度評価とそれに基づいた治療法の選択を行う(図9).
うっ血所見がある患者では,肺うっ血,体うっ血,あるいはその両者の合併の有無を診断する.特に,肺血管床への血流再配分が主体のうっ血か,体
液過剰が主体のうっ血かを鑑別し,前者の場合は血管拡張薬を使用し,後者の場合は主に利尿薬を使用した治療を行う28).末梢循環不全の所見が
ある低血圧(90mmHg未満)の患者ではカテコラミン薬の静脈内投与が必要である.酸素投与やNPPVによる呼吸管理に次いで,ニトログリセリンや
硝酸イソソルビドスプレーの使用は初期介入として迅速で簡便な良い治療である.狭心症発作の寛解のみならず,急性心不全における肺うっ血・肺水
腫の軽減(血圧低下がない場合)にも有効である.治療抵抗性で難治例では, 気管内挿管による呼吸管理, 限外濾過療法(ECUM),持続性血液濾
過透析(CHDF),大動脈内バルーンパンピング(IABP),経皮的心肺補助装置(PCPS),心室補助装置(VAS)などを動員する(Ⅲ.5.3.参照).救
急処置室や集中治療室から解放された患者は循環器病棟や一般病棟で管理し,さらに独歩可能で穏やかな家庭生活が可能と評価されると外来管
理となる.外来治療では生命予後改善,繰返し入院の予防,生活の質(QOL)の改善,心不全増悪予防が到達目標となる.外来通院での心不全管
理は慢性心不全診療ガイドラインに準拠する.
総論に挙げた6病態の中で主なものについて以下に特徴を示した.高拍出性心不全は急性非代償性心不全を参照しながら対応し,その原因疾患を
明らかにする.急性右心不全についてはⅦ.2.を参照されたい.
①急性非代償性心不全
以下の1)と2)に細分され,高血圧性急性心不全,肺水腫,心原性ショックの基準を満たさないものと定義され,比較的心不全の徴候や症状は軽度
である.いずれの場合にも基本方針に準拠して治療し,図9に示す治療薬を用いる.一般病棟での内服薬増量で改善する患者もいる.
1)新規発症の急性心不全
まず症状を軽減すると同時に心不全の病態と重症度を診断する.根治的な介入を必要とする疾患や病態,例えば急性冠症候群,頻脈性や徐脈性
不整脈,急性弁膜疾患,心タンポナーデ,肺血栓塞栓症を鑑別する.根治的治療に良く反応すればほとんどの患者は軽微な心筋障害にて一過性の
急性心不全を発症するのみで,長期治療が必要でないことさえある.
2)慢性心不全の急性増悪
増悪因子(表9)の特定とその迅速な介入が効果的である.心筋虚血や不整脈のように新規発症の心臓要因より,むしろ服薬の受け入れ不足や水
分・塩分の摂取過剰などの心外要因が意外と多い29).心不全徴候や症状悪化から入院治療が開始されるまでの間に,レニン・アンジオテンシン・ア
ルドステロン系や交感神経系の活性がさらに亢進し,過剰な体液貯留を増強させる.安静や塩分制限だけで改善する患者もいる.利尿薬や血管拡張
薬の服薬励行を基本とした指導を行う.これらの介入で症状や血行動態の改善が不十分と評価された時のみ強心薬を追加する.急性期の強心薬治
療は血管拡張薬治療に比べ改善効果が乏しい30).また,短期間の強心薬の介入が必ずしも中・長期的予後の改善をもたらすわけではない
(OPTIME-CHF)31).末梢循環不全や腎機能障害を合併する患者は難治性になりやすい.
心不全の重症化には免疫反応および炎症反応などが強く関与している.急性期から中期・長期予後改善に向けた治療戦略をできるだけ早く構築す
る.まず,長期予後を改善する治療内容の適正化も必要である.すなわち,塩分制限,利尿薬,ACE阻害薬(不耐用の患者ではARB,またはISDN・
ヒドララジン併用),抗アルドステロン薬,心房細動合併例に対するジギタリス,などについて投与量と投与法を今一度適正化する.
また,慢性心不全の急性増悪患者でβ遮断薬が投与されている患者では,副作用として著しい徐脈や血圧低下を惹起している例以外は,β遮断薬を
中止せずに,継続するよう努める.あるいは漸次減量投与する(クラスⅡa,レベルB)(表16).もし避けられない場合には,それまでの投与量の半量
に減量する.また,β遮断薬投与患者ではカテコラミン薬の効果は減少する.PDE阻害薬やアデニル酸シクラーゼ賦活薬(Ⅲ.4.4.参照)が有効であ
り,心拍出量増加と肺毛細管圧低下が得られる(クラスⅡa,レベルC)(表17,42).
②高血圧性急性心不全
高血圧が原因疾患である.左室駆出率は正常か,あるいは低下していてもその程度は少ない.高血圧性急性心不全は肺うっ血を呈する.過剰体液
の貯留は少なく,肺血管床への体液シフトによって肺うっ血を発症する(vascular failure).心ポンプ機能が低下した急性心原性肺水腫[下記③]では
心不全の結果として高血圧を呈する.治療は血圧管理が基本である(表17,34参照).
③急性心原性肺水腫
急性心原性肺水腫の治療内容を表17に示す.病歴と左室容量負荷徴候(Ⅲ音,水泡音,胸部X線での肺うっ血像)により治療開始時期を判断する.
起座呼吸を呈し,動脈血酸素飽和度が90%未満を示すことが多い.基本方針に従って治療するが,肺うっ血が主体であるので迅速な呼吸管理と肺
に効果的である18)-20),22).気管内挿管による人工呼吸管理をなるべく回避する.静脈ルートの確保前に,NPPVや硝酸薬舌下またはスプレー21)を
使用する.肺水腫を認める患者では利尿薬の反復投与よりも,少量の利尿薬後に血圧に注意しながら高用量の血管拡張薬を使用する32).血管拡張
作用と利尿作用の両者を併せ持つカルペリチドも有効である33),34).肺うっ血のみならず心拍出量低下を伴う患者では血管拡張作用を有する強心薬
(Inodilator)であるPDE阻害薬やアデニル酸シクラーゼ賦活薬を用いる.しかしながら,強心薬は必ずしも入院期間の短縮や予後の改善をもたらすわ
けではない.むしろ原因疾患が心筋虚血の患者では不利に作用する17).したがって原因疾患や病態に応じた強心薬の適応決定と至適投与量および
投与期間の設定が重要となる.血圧低下例や心拍出量低下例などでは強心薬の併用は避けられない.さらに重症患者や治療抵抗患者ではIABPな
どの補助循環法が適応となる.モルヒネの使用に際しては,肺うっ血の軽減,鎮静に有効であるが,急激な血圧低下,呼吸抑制,アシドーシス進行に
注意する.著明な高血圧患者では硝酸薬だけでなく,Ca拮抗薬使用(Ⅳ.2.,表17,34参照)により降圧を図る.
④心原性ショック
心原性ショック時の初期介入法を表19に示す.基本方針に従い,図3,17に沿って治療を開始する.低酸素血症,不整脈,循環体液量減少はショッ
クの原因となる.これらへの介入は必須である.特に,血圧低下の原因として左室充満圧の相対的,絶対的低下を除外診断しなければならない.急
性心筋梗塞患者の10~ 15%には体液喪失に起因するショックが含まれる35).その他にも右室梗塞,心タンポナーデ,肺血栓塞栓症なども体液喪失
のカテゴリーに分類される.左室容量負荷徴候(Ⅲ音,水泡音,胸部X線での肺うっ血像)が認められない患者では生理的食塩水を静脈内投与
(250mL/10分で点滴静注)する.急性心筋梗塞に続発する心原性ショックでは至適左室拡張期充満圧は14~ 18mmHgの範囲である.
収縮期血圧90mmHg未満の心原性ショックに対する初期投与薬としてはドパミン(5μg/kg/分)がすすめられる.難治性患者では血圧の反応をみてド
パミンの増量やドブタミンの併用,それに多剤併用療法(カテコラミン+PDE阻害薬,Ⅶ.参照)を行う.これらの治療に抵抗する患者にはIABPを含め
た補助循環の適応(Ⅲ.5.3.参照)となる.一時的な血行動態維持や敗血症を伴う場合にはノルアドレナリン投与が必要となる. 心原性ショックの
患者では治療可能な病変を特定し,根治的治療により介入しなければ死亡率は85%以上に及ぶ.ショック治療と同時に原因検索および原因に対する
介入が必須である.原因疾患が急性冠症候群の場合には,緊急冠動脈造影と冠動脈インターベンションを考慮する.また,根治可能な病態・疾患とし
て急性心筋梗塞における機械的合併症(僧帽弁乳頭筋不全,心室中隔穿孔,心破裂(Ⅲ.5.7.参照),急性心筋炎,急性弁膜症(急性大動脈弁閉
鎖不全症,僧帽弁閉鎖不全症),急性大動脈解離,肺動脈塞栓症,人工弁機能不全,心タンポナーデ(Ⅲ.5.6.参照)などが挙げられる.詳細な心
エコー検査によって介入の可否や時期が決められる.
⑤急性右心不全
⑥高拍出性心不全
原因疾患として敗血症,甲状腺中毒症,貧血,先天性心疾患をはじめとする短絡疾患,脚気心,Paget病が挙げられる.まず,それぞれの原因疾患
および病態に対する治療を優先する.また原因に対する治療を施しても改善が認められない患者では,他に基礎心疾患がないか検索する.あらかじめ
基礎心疾患が判明している患者では,その基礎心疾患に対する治療も必要となる.
⑦難治性心不全
2001年に出版され27),2005年に改訂されたACC/AHA心不全診療ガイドライン36)における難治性心不全(ステージD)は,利尿薬,ACE阻害薬,ジ
ギタリスなどの標準的内科的治療に抵抗性であり,入退院を反復して,特別強化治療が必要とされる患者として特徴付けられている.我が国でもほぼ
同様の概念で難治性心不全について対処法が検討されてきた.その治療戦略として,持続的強心薬静脈投与,両心室ペーシングによる心臓再同期
療法(CRT)適応(ステージCから),僧帽弁形成術(左室形成術を加味する患者も含む),機械的補助循環の導入,心臓移植,が挙げられる.
ACC/AHAガイドラインでは,難治性心不全に対して症状の緩和を目的とした強心薬持続投与はクラスⅡb,ルーチンとしての間欠的投与はクラスⅢ
である.しかし,強心薬投与が予後に悪影響を与えるとしても,QOL向上をもたらす例がある以上,それに代替治療法がなければ行わざるを得ない.
唯一,現時点での代替法は補助循環装置,あるいは補助人工心臓である.そして,補助人工心臓が内科的治療より予後を改善するとの
REMATCH30)の報告を受けて,補助人工心臓の長期効果が期待されている(Destination治療).心筋・血管再生治療は現時点では臨床試験の段階
である.