① 補助循環の目的と急性重症心不全におけるその位置づけ
機械的補助循環は薬物治療抵抗性の難治性心不全患者に用いる119).大動脈バルーンパンピング(IABP),心肺補助装置(PCPS,V-A
bypass,ECMO),補助人工心臓(VAD)がある.それぞれの特徴について表28に示した.短中期的な補助は人工心肺からの離脱困難例,広範囲
心筋梗塞,血行動態が破綻した急性心筋炎(劇症型心筋炎),重篤な拒絶反応を来たした心臓移植後患者などが対象となり,離脱ないし長期補
助までのブリッジとして用いられる.長期的な補助は心臓移植適応基準に準じた難治性心不全患者(拡張型心筋症,拡張相肥大型心筋症,虚血
性心筋症など)を対象に主に心臓移植までのブリッジ(bridge to transplantation)として用いられる.急性心不全における機械的補助循環の適応
はNYHAクラスⅣ,収縮期血圧90mmHg以下, 心係数2.0L/分/m2以下,肺動脈楔入圧20mmHg以上を目安とする120).図12に補助循環を用いた
際の急性心不全治療アルゴリズムを示した.
②機械的補助循環の種類とそれぞれの適応
1)大動脈内バルーンパンピング(IABP)
大動脈内に挿入したバルーンカテーテルを心臓と同期させ,拡張期にバルーンを膨張し,拡張期圧上昇・冠血流を増大させる.また,収縮期にバ
ルーンを脱気して後負荷軽減効果により,心筋の酸素消費量( 需要)を減少させる.
①適応121)
IABPは簡便な循環補助装置である.内科的治療に抵抗する急性心不全,心原性ショックでまず試みられる(クラスⅠ,レベルB)(表19).また急
性冠症候群における梗塞領域の拡大予防,狭心痛の緩解,切迫梗塞の予防,虚血・低心拍出状態による重症不整脈改善,などに役立つ(クラス
Ⅱa,レベルB)(図9,12).またハイリスクの冠動脈再建術において予防的なIABP使用の有用性も報告されている(クラスⅡa,レベルB)(図9,
12).
非侵襲的に,IABPと同様の働きを期待できる機器として体外設置型カウンターパルセイション機器が開発され,心不全治療への活用が検討され
ている122).
②禁忌
中等度以上の大動脈弁閉鎖不全を合併する患者や,胸部あるいは腹部に大動脈解離,大動脈瘤を有する患者では禁忌である.また,高度の大
動脈粥状硬化病変や下肢閉塞性動脈硬化症を有する患者に対しては慎重に検討する.
③合併症(主なもの)
下肢虚血,出血,バルーン破裂,動脈損傷(動脈解離を含む),コレステロール塞栓症,脊髄動脈虚血による脳神経障害,腹部臓器虚血(腸管虚
血)など.
2)経皮的心肺補助法(PCPS,V-A バイパス,ECMO)
PCPSは遠心ポンプと膜型人工肺を用いた閉鎖回路の人工心肺装置による心肺補助装置である.大腿静脈から挿入した脱血管を介して右房か
ら遠心ポンプにより脱血し,人工肺で酸素化して大腿動脈に送血する.小児のように大腿動静脈が使用できない患者は,開胸により右房,上行大
動脈に直接カニュレーションを行う(V-Abypass).通常1週間程度の運用であるが,数週間にわたる連続運用も可能である.また,呼吸補助として
用いられる場合もある(ECMO).
①適応
心肺停止状態,ないし心原性ショック状態での心肺蘇生(クラスⅠ,レベルB)(表19,20),難治性心不全での呼吸循環補助(クラスⅡ a,レベル
C)(表19,28),開心術後低拍出状態(クラスⅡa,レベルC)(図9),薬剤抵抗性難治性不整脈,重症呼吸不全,などが挙げられる.
②禁忌
高度の閉塞性動脈硬化症.また,中等度以上の大動脈弁逆流症,出血傾向のある患者,最近発症した脳血管障害・頭部外傷患者,薬剤治療
抵抗性の敗血症患者では困難である.
③方法および管理
流量は循環血液量,送血・脱血管のサイズ,位置によって規定される.補助流量2.0L/分以上を目安とし,平均動脈圧60mmHg以上で尿量が確
保できる血圧を保ち,混合静脈血酸素飽和度60ないし70%以上を目標とする.ヘパリンの持続注入を行い,ACTを200秒前後に管理する.ヘパリ
ン起因性血小板減少症(HIT)の患者ではアルガトロバンにて抗凝固療法を行う123).システム内血栓形成,ガス交換能低下や血漿リークが出現す
れば回路を交換する.離脱は補助流量が1.5L/分以下にまで減少できれば,ON/OFFテストを行い,可否を判断する.カテーテル抜去は圧迫止血,
または血管縫合する.
④合併症
送脱血カニューレ挿入部での出血,血管損傷,下肢の血栓症・虚血,後腹膜血腫,神経系合併症,感染症,肺障害などがある.
3)補助人工心臓
最大限の薬物治療を行い,かつIABPやPCPSなどの補助循環治療によっても低心拍出状態から脱せず,臓器循環や末梢組織への十分な酸素
供給が得られない患者であり,かつ除外条件に抵触しない症例が適応となる(クラスⅡ a,レベルB)(表19,20)119).心臓移植適応患者では,
(1)移植待機期間の予測,(2)待機期間中の死亡率,(3)手術のリスク124)-126),を考慮し,適切なタイミングで装着する.入退院の繰返しや薬剤
への抵抗性が高まれば,手術機会を失しないよう留意する.対象患者がカテコラミン依存状態に陥ると6か月生存は50%未満である.早期より
VAD植込み実施施設に患者の病態を照会し,適切なタイミングで対応できるよう留意する127),128).適応患者の社会的・心理的背景についても
ソーシャルワーカーや精神科医にコンサルトする.
右心不全の重症度はLVAD装着の成否を左右する129),130).先行する昇圧薬使用,AST 80IU/L以上,総血清ビリルビン値2mg/dL以上,血清ク
レアチニン値2mg/dL以上はLVAD術後の右心不全の予測因子である(ミシガンスコア)131).心係数2.2L/分/m2以下,右室一回仕事係数
0.25mmHgL/m2以下,血清クレアチニン値1.9mg/dL以上,開胸手術の既往,収縮期血圧96mmHg以下,心エコーにて右室収縮機能の高度低
下,はさらにRVADを必要とする予測因子となる(U-PENNスコア)132).RVADの管理は血栓形成などを起こしやすく,困難を伴う.そのため両心補
助を要した患者においても右室機能の回復後は速やかにRVADを離脱し,LVAD単独の補助に早期に切り替える.左心系の補助を必要としない右
心補助単独の患者は極めてまれである.
【体外設置型補助人工心臓】
体外設置型VADはダイアフラム型の拍動流空気駆動ポンプで,両心補助が可能である.小さな体格の患者でも使用できる.脱血用カニューレ挿
入部位または左房や左室に使い分けられ,いずれも上行大動脈に送血される.
①適応
数か月単位での回復・離脱が見込める心不全患者や,両心補助が必要な患者が適応となる.また,体格が小さいなどの理由で体内植込み型
VADが使用できない患者も心臓移植までのブリッジデバイスとして使用される.
②禁忌
(1)回復が期待できない多臓器不全患者,(2)癌などの予後不良な悪性疾患,(3)予後不良の中枢神経疾患(脳梗塞・脳出血を含む)患者,
(4)治療抵抗性の重篤な感染症,重度の呼吸不全,高度の出血傾向などがある患者は禁忌となる.中等度以上の大動脈弁閉鎖不全症,上行大
動脈高度石灰化の患者への適応も困難である.
③管理
ワルファリンと抗血小板薬を併用して抗凝血療法を行い,プロトロンビン時間(PT-INR)を3.0から4.0程度の範囲に維持する.ポンプチューブの皮
膚挿入部の固定
や消毒を入念に行い,ポンプ部の血栓形成に留意する.装着後も引き続き入院管理を必要とし,原則として外出や退院は許可されない.
④合併症
出血,感染症(ケーブル貫通部,ポンプポケット,敗血症など),脳神経障害(脳梗塞,脳出血など),不整脈,心膜液貯留(タンポナーデ含む),装
置故障,右心不全,溶血,肝・腎・肺などの内臓機能障害(多臓器不全含む),精神障害,他の塞栓症(心筋梗塞など),などに注意する.
【体内植込み型補助人工心臓】
現在用いられる体内植込み型VADは連続流型(遠心,軸流)ポンプで,左室補助目的に用いられる.いずれも左室より脱血し,上行大動脈に送
血する.
①適応
心臓移植適応がある難治性心不全患者で,最大限の薬物治療,ないしはIABP補助によっても低心拍出状態より改善せず,末梢循環への十分
な酸素供給が得られない症例が対象となる.なお,長期在宅治療が可能で,社会復帰が期待できる患者であり,補助人工心臓の限界や併発症を
理解し,家族の理解と支援が得られること.
②禁忌
体外設置型に準じるが,長期在宅治療および社会復帰が行えない場合は適応とならない.
③管理
ワルファリンと抗血小板薬に基づく抗凝血療法を行い,プロトロンビン時間(PT-INR)をデバイスに応じて調整する.駆動ケーブルの皮膚挿入部の
消毒,固定を入念に行い,感染に注意する.在宅療養基準を満たせば,退院・社会復帰することも可能である.体外設置型に比べ高いQOLが期待
できる133),134).
④合併症
体外設置型と同様であるが,他に消化管圧迫による食欲不振や消化管穿孔,それにvon Willbrand因子消費による消化管出血,大動脈閉鎖不
全症の出現などがある.
③補助人工心臓治療の世界の現況
心臓移植までのブリッジ使用だけでなく,心臓移植が高齢や心臓以外の臓器不全,悪性腫瘍,ノンコンプライアンスなどで受けられない難治性心
不全患者に対する恒久的使用(destination therapy)としても用いられている.VAD植込みにより心臓移植が受け入れられない要因が解決されれ
ば移植適応となる患者(bridge to candidacy)や,VAD治療後心機能が回復し離脱できる患者(bridge to recovery),心原性ショックの患者に対
する治療方針決定までのつなぎ(bridge to decision),さらに長期使用が可能なデバイスへのつなぎ(bridge to bridge),など多彩な戦略で使用さ
れている.
米国では植込み型VADの市販後登録(INTERMACS)により詳細なデータの収集・解析が行われており,我が国でも同様の全例登録研究(J-
MACS)が開始された.拍動型から連続流型になり,明らかに生命予後やQOLが向上している135),136).