急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure( JCS 2011)
 
[適応]
① 気管内挿管による人工呼吸管理で吸入酸素濃度が50%で
PaO2 60mmHg以下
② 急性肺水腫に対してNPPVとして,または気管内挿管のも
とに
③ 急性心不全に対し,利尿薬,血管拡張薬,強心薬などの薬
物療法を実施してもPCWP高値であり,かつ呼吸不全の状
態にある場合
④ 低心拍出量に対して輸液による負荷をかける必要がある場
合,肺水腫の予防のため
[中止基準]
①吸入酸素濃度50%,PEEP 0(ZEEP)でPaO2 80mmHg以上
② 肺毛細管圧低下(目安として18mmHg未満),身体所見(ラ
音,病的Ⅲ音(ギャロップ)など),胸部X線写真などを参
考にする.
[抜管の基準]
①1回換気量200mL 以上
②ZEEPにて吸入酸素濃度40%で,PaO2 80mmHg以上
③抜管後CPAPなどのNPPVが適応可能
①肺水腫の病態と酸素療法の重要性

 急性心不全は急激に発症する心ポンプ機能失調とこれに対応する代償不全であり,急性肺水腫,発作性夜間呼吸困難,心原性ショック(以上急性
左心不全),浮腫,肝腫大,心拍出低下状態(以上急性右心不全)などの症候が認められる.肺水腫の発症には肺毛細管圧,血漿膠質浸透圧
(COP),肺間質静水圧,肺間質COP,肺毛細管血管透過性,肺胞内圧,肺胞表面張力,リンパドレナージ(Qlyp)などの要因が関連する.肺毛細
管と肺間質スペース間の血漿流量(Q)は以下のスターリングの式で表現される.

Q=K{(肺毛細管圧-間質静水圧)-δ(血漿COP-間質COP)-Qlyp}

 正常状態では肺間質静水圧は陰圧なので,血漿COPと肺胞内圧,肺胞表面活性物質のみが血漿成分を血管内に保持するよう作用している.急
性左心不全では肺毛細管圧が上昇し,高度の肺うっ血,あるいは肺水腫を来たす. 血漿蛋白濃度が正常な場合には肺毛細管圧が24mmHg以上に
なると,肺胞への血漿成分漏出が出現し,以後圧上昇とともに直線的に肺水腫は増悪する.しかし,血漿蛋白濃度が正常の半分まで低下すると,肺
毛細管圧11mmHgのレベルから肺水腫が発症する112).肺水腫では直面する呼吸困難と低酸素血症,末梢組織への酸素運搬[oxygen transport:
心拍出量×動脈血酸素含有量(1.34×Hb×SaO2)]を改善することが急務となる.

②酸素療法,非侵襲的陽圧呼吸の有用性

 急性心不全患者では,まず鼻カニューレ,フェイスマスクなどで2~ 6L/分の酸素吸入を開始する(表18).PaO280mmHg(SpO295%)未満,また
はPaCO250mmHg以上の場合,あるいは頻呼吸,努力性呼吸,起座呼吸など臨床症状の改善がみられない,もしくは悪化する患者では速やかにマ
スクや加圧バッグを用いたNPPVを開始する(Ⅲ.1.2.参照).NPPVの一般的適応条件は,(1)意識があり,協力的である,(2)気道が確保でき
ている,(3)喀痰の排出ができる,(4)顔面の外傷がない,(5)マスクをつけることが可能,である.禁忌事項としては,(1)ドレナージされていない気
胸がある,(2)嘔吐,腸管の閉塞,アクティブな消化管出血がある,(3)大量の気道分泌物がある,(4)誤嚥の危険性が高い,などである.気管内挿
管への移行は,(1)患者の病態が悪化,(2)動脈血ガス分圧が改善しない,または悪化,(3)気胸,痰の滞留,鼻梁のびらんなどの新たな症状,ま
たは合併症の発現,(4)症状が軽減しない,(5)意識レベルの悪化,が適応となる.マスクはトータルフェイスあるいはフルフェイスタイプのものが顔
への密着度がよく,開始しやすい.マスクを装着し,呼吸終末陽圧呼吸(PEEP)を5 ~ 7.5cmH2O,FiO24.0以上で開始する.開始後短時間で酸素
化を評価し,適正レベルを速やかに決定する.高濃度酸素の投与は避け,SpO295%以上を設定目標とする.NPPVによる心原性肺水腫の治療目的
は,肺間質の拡張障害,肺コンプライアンス低下,気道抵抗上昇に伴う機能的残気量の減少,肺胞内浮腫液漏出による死腔換気の増加,呼吸筋疲
弊に伴う低換気による酸素化および換気障害への進展,低酸素血症に伴う心収縮力低下や肺血管抵抗上昇,さらに右室後負荷増大,という悪循環
を断ち切ることにある.この有効性に関する多くのメタ解析があり,気管内挿管率の低下,集中治療室滞在日数の減少,院内死亡率の低下が示され
ている112)-116).このように急性心原性肺水腫に対して酸素療法およびNPPVは最初に介入すべき治療法である.

③気管内挿管による人工呼吸管理:PEEPの有用性

 NPPVおよび肺うっ血に対する前述の処置(Ⅲ.1・2.参照)にも治療抵抗性で,呼吸状態や動脈血液ガスの改善が認められない患者,あるいは
意識障害,咳反射や喀痰排出困難な患者に対しては,気管内挿管による人工呼吸管理が適応となる(クラスⅠ,レベルC)(表18).この方法は肺内
ガス交換の改善,呼吸筋労作の軽減による自覚症状軽減,胃液逆流による誤嚥予防などに有効である.しかし,気道損傷,出血,肺過膨張による
肺損傷などの合併症リスクを伴うこと,気管内挿管や人工呼吸管理において麻酔薬や筋弛緩薬など循環器系に不利な影響を与える薬剤の使用が
必要になること,挿管中の栄養管理,抜管までの離脱過程に時間を要することなどの新たな課題が生じることも念頭におくべきである.気管内挿管
のための麻酔導入にはプロポフォールのような半減期の短い薬剤が適している.0.5 mg/kg/10秒の速度を目安に就眠が得られるまで静注する.人
工呼吸中の鎮静には0.3mg/kg/時間で持続静注を開始,全身状態をチェックしながら速度を調節する.通常0.3~ 3.0mg/kg/時間で適切な鎮静深度
が得られる.麻酔薬投与により血圧低下や呼吸抑制を来たすことがあるので,その場ですぐ気道確保,人工呼吸,循環管理できる体制で実施する.
挿管後の人工呼吸管理中の鎮静には,プロポフォール以外にミダゾラム(0.03~0.06mg/kg/時間より持続静注開始)やデクスメデトミジン[導入
6μg/kg/時間(10分以内),維持0.2~ 0.7μg/kg/時間(24時間まで)]も使用される.通常の呼吸管理は間欠陽圧呼吸(IPPB)であり,基本的な換気
条件としては1回換気量10~ 15mL/kg,呼吸数10~ 20回/分(PaCO230~ 40mmHgを目標),吸気:呼気比1~ 1.5:2とし,動脈血液ガス分析結果
を見ながら調節する. 挿管直後はFiO21.0から始め,PaO280mmHg以上に維持されるようFiO2を設定する.酸素障害予防のためにFiO2は0.5以下
にすることが望ましい.FiO20.5でPaO260mmHg以下の患者はPEEPの適応と判断する.他に,表27のような患者にもPEEPが適応とされる.IPPB
では吸気時に陽圧をかけ,呼気時には平圧に戻るのに対して,PEEPは呼気終末を陽圧に保つことにより呼気吸気の両相にわたって気道内圧を陽
圧に保ち,血液の酸素化をより促進する.自発呼吸下に圧補助+PEEPを用いるか, 機械的人工呼吸+PEEPの持続陽圧換気(CPPV)を用いるこ
とが多い.PEEPが動脈血酸素化を増大する機序として,(1)気道終末部の虚脱を予防し,機能的残気量および肺胞容量を増加する,(2)肺内シャ
ントを減ずる,(3)肺コンプライアンスを上昇する,(4)肺胞内圧上昇により肺水腫を減ずる,ことなどが挙げられる.従来PEEPの血行動態に及ぼす
影響は,(1)胸腔内圧の上昇により静脈還流が減少,(2)肺血管抵抗の上昇,(3)右室拡大に伴う左室充満障害,などのため心拍出量が低下す
る,とされてきたが,前負荷過剰にある急性左心不全ではPEEPは動脈血酸素化のみならず,過剰な静脈還流を軽減することにより肺毛細管圧を低
下し,ポンプ機能を改善する117).なお,PEEPのレベルは末梢組織への酸素運搬が最大となるように設定する(通常2 ~ 10 cmH2O).

④人工呼吸からの離脱

 PEEPおよび人工呼吸管理からの離脱と抜管の基準を表27に掲げた.心不全の改善とともに人工呼吸管理からの離脱を図る.FiO20.5,
PEEP0cmH2O(ZEEP) でPaO280mmHg以上,肺毛細管圧18mmHg以下[さらに胸部X線像,身体所見(肺ラ音,ギャロップなどを参考に判断)]で
あれば,PEEPを中止し,IPPB状態にて抜管に備える. 抜管基準は,1回換気量200mL以上,ZEEPかつFiO20.4でPaO280mmHg以上である(
27).なお,人工呼吸管理が長期になり,呼吸状態に異常を認める患者では, 必要に応じて同期間欠的強制換気(SIMV)を用いて離脱・抜管する方
法もある.自発呼吸下にCPAP2 ~ 5cmH2Oを加えて呼吸状態と血液ガス
が十分に改善することを確認してから抜管する方法も有効である.米国呼吸器関連3学会が設置した委員会から離脱に関するガイドラインが提示され
た.呼吸不全における呼吸器離脱条件は,(1)急性期の病態改善,(2)適切な咳ができる,(3)十分な酸素化能(FiO20.4未満でPaO260mmHg以
上, したがってPaO2/FiO2150~ 300以上),(4)循環動態の安定(心拍数140/分未満,血圧の安定,昇圧薬なしあるいは最小限使用),(5)発熱が
ない(体温38℃以下),(6)呼吸性アシドーシスがない,(7)適切なヘモグロビン量(8 ~ 10g/dL以上),(8)適切な精神状態,(9)電解質が適切,と
提言されている118)
2 人工呼吸管理
クラスⅠ
 ・ 酸素投与(SaO2>95%,PaO2>80mmHgを維持):レ
ベルC
 ・酸素投与で無効の場合のNPPV:レベルA
 ・ NPPV抵抗性,意識障害,喀痰排出困難な場合の気管内
挿管による人工呼吸管理:レベルC
 ・ NPPVが実施できない場合の気管内挿管による人工呼吸
管理:レベルC
表18 急性心不全における呼吸管理
表27 PEEPの適応と中止,抜管の基準
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