急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure( JCS 2011)
 
両心不全の治療:循環血液量の増加が主体の場合
 クラスⅠ
  ・ループ利尿薬:レベルC
 クラスⅡa
  ・カルペリチド:レベルB
  ・限外濾過法:レベルB
  ・強心薬(ドブタミン,PDE阻害薬):レベルC
 クラスⅡb
  ・サイアザイド利尿薬:レベルC
  ・トルバプタン:レベルB
両心不全の治療:心拍出量の高度な低下が主体の場合
 クラスⅡb
  ・強心薬(ドブタミンとPDE阻害薬の併用):レベルC
安静度
 ・ Fowler 位による安静:クラスⅡa,レベルC
 ・ 血行動態が安定している場合の速やかな安静度の緩和:
クラスⅠ,レベルC
 ・ 長時間安静が余儀なくされる場合,静脈血栓症の予防と
しての弾性ストッキングの使用:クラスⅠ,レベルA
静脈確保
 ・ 大口径のカニューレによる複数の静脈確保:クラスⅠ,
レベルC
 ・ 血行動態モニターおよび治療効果判定のためのSwan-
Ganzカテーテルの挿入:クラスⅡb,レベルC
食事,栄養摂取
 ・ 循環と利尿の安定が得られるまでの栄養摂取を目的とし
た経口摂取の禁止:クラスⅠ,レベルC
 ・ 塩分摂取量の制限
尿量
 ・ 時間尿量40mL以上の確保:クラスⅠ,レベルC
 ・ うっ血がある場合,1日の体重減少1~1.5kg以内の除水:
クラスⅠ,レベルC
血圧
 ・ 著明な高血圧に対して,ニトログリセリン,Ca拮抗薬(ニ
カルジピンなど)の点滴投与による降圧:クラスⅡa,
レベルC
心拍数
 ・ 心房細動のレートコントロール(ジギタリスなどによる):
クラスⅠ,レベルC
 ・ 洞性頻脈(高度を除く)の積極的なレートコントロール:
クラスⅡb,レベルC
動脈血酸素飽和度
 ・ 酸素飽和度95~98%を目標とした酸素投与,実現でき
なければCPAP,NPPV,気管内挿管を考慮:クラスⅠ,
レベルC
クラスⅠ
 ・ 酸素投与(SaO2>95%,PaO2>80mmHgを維持):レ
ベルC
 ・酸素投与で無効の場合NPPV:レベルA
 ・硝酸薬(舌下,スプレー,静注)投与:レベルB
 ・フロセミド静注:レベルB
 ・ 血圧低下患者に対するカテコラミン静脈内投与:レベルC
 ・ 高血圧緊急症,大動脈弁閉鎖不全,僧帽弁逆流による急
性心不全に対するニトロプルシド静脈内投与:レベルC
 ・ 著明な高血圧を伴う急性肺水腫におけるCa拮抗薬(ニ
カルジピンなど):レベルC
 ・ 著明な高血圧を伴う急性肺水腫における硝酸薬:レベルC
 ・ 著明な高血圧を伴う急性肺水腫におけるループ利尿薬:
レベルC
 ・ 著明な高血圧を伴う急性肺水腫におけるカルペリチド:
レベルC
 ・ NPPV抵抗性,意識障害,喀痰排出困難な場合の気管内
挿管における人工呼吸管理:レベルC
クラスⅡa
 ・カルペリチド静脈内投与:レベルB
 ・PDE阻害薬静脈内投与(非虚血性の場合):レベルA
 ・慢性期移行におけるトラセミド投与:レベルC
 ・ アデニル酸シクラーゼ賦活薬(非虚血性の場合):レベ
ルC
クラスⅡb
 ・PDE阻害薬静脈内投与(虚血性の場合):レベルA
 ・ 腎機能障害合併例に対するカルペリチド,静脈内投与:
レベルB
 ・モルヒネ静注:レベルB
 ・アデニル酸シクラーゼ賦活薬(虚血性の場合):レベルC
クラスⅢ
 ・ 腎機能障害,高K血症合併例に対する抗アルドステロン
薬投与:レベルC
 ・高血圧緊急症におけるニフェジピンの舌下:レベルC
 強心作用を有する薬剤は,血圧低下,末梢循環不全,循環血液量の補正に抵抗する患者にも適応される.強心薬は短期的には血行動態や臨床
所見の改善に有効であるが,心筋酸素需要を増大し,心筋Ca負荷を誘導するので,不整脈,心筋虚血,心筋傷害などによって生命予後を不良にす
ることがある.病態に応じた適応,薬剤の選択,投与量,投与期間に十分注意を払うべきである.一般的には左室拡大と収縮障害を有する患者に対
して用いられる.

①カテコラミン強心薬

 カテコラミンはアドレナリン受容体(α1,α2,β1,β2)と結合して種々の生理作用を示す.心筋に存在するβ受容体の大部分はβ1 受容体であり,心筋
収縮増強作用(Positive inotropic effect), 心筋弛緩速度増加(lusitropic effect), 心拍数増加(chronotropic effect),刺激伝導速度増加
(dromotropic effect)を発揮する.一方,血管平滑筋に存在するβ2受容体刺激は末梢血管拡張作用を示す.主に血管平滑筋に存在するα1受容体刺
激は血管収縮を示し,心筋α1受容体刺激では軽度の収縮力の増強を示す.

1)ドブタミン
 ドブタミンは合成カテコラミン薬であり,β1,β2,α1 受容体刺激作用を有する.血管平滑筋に対するα1とβ2 作用が相殺され,β1 受容体刺激作用を発
揮する.β2受容体刺激作用については,5μg/kg/分以下の低用量では軽度の血管拡張作用による全身末梢血管抵抗低下および肺毛細管圧の低下
をもたらす.また,10μg/kg/分以下では心拍数の上昇も軽度であり,他のカテコラミン薬に比べ心筋酸素消費量の増加も少なく,虚血性心疾患にも使
用しやすい.しかし,血圧維持,利尿作用が不充分の場合にはドパミンまたはノルアドレナリンとの併用が必要となる.急激な中止は血行動態の悪
化をもたらすため,段階的な減量(2μg/kg/分ごとなど)が必要である.またカルベジロール内服中の患者に対して用いた場合にはむしろ血行動態の
悪化を来たすことがある72)

 ドブタミン投与の長期予後効果についてはFIRST研究のサブ解析がある73).NYHA心機能分類Ⅲ・Ⅳ度の難治性心不全を対象にドブタミン持続投
与群と非投与群の2 群間で比較検討した結果,ドブタミン持続投与群で有意に心事故発生率が高く,さらに6か月間の総死亡率も非投与群に比して
有意に高いことが示された.この成績は難治性心不全に対するドブタミン持続投与に警告を促している.一般にドブタミンを含めたカテコラミン投与は,
血圧低下などが懸念される際に必要最少量を最短期間使用する.

2)ドパミン
 一方,ドパミンは内因性カテコラミンであり,ノルアドレナリンの前駆物質である.低用量(2μg/kg/分以下)ではドパミンシナプス後(DA1)受容体を刺
激し,腎動脈拡張作用による糸球体濾過量の増加と腎尿細管への直接作用により利尿効果を示す.中等度の用量(2 ~ 10μg/kg/分)ではβ1 受容
体刺激作用と心臓および末梢血管からのノルアドレナリン放出増加により,陽性変力作用,心拍数増加,α1 受容体刺激による血管収縮作用をもたら
す.高用量(10~ 20μg/kg/分)ではα1 刺激作用が優位となり血管抵抗が上昇する.

 低用量のドパミンは腎血管拡張作用による利尿効果を期待して使用される.急性心不全においては高用量のフロセミドを単独で静注した群と,低用
量フロセミドにドパミンを併用した群の比較では後者に腎機能悪化や低カリウム血症の発現が少なかった74)

 我が国ではドパミン,ドブタミンの開発当初に急性心筋梗塞に伴う心ポンプ失調患者を対象に多施設共同ランダム割り付けおよびクロスオーバー比
較試験による両薬剤の効果が検討されている75).ドパミンは至適用量で心拍出量,心拍数,収縮期血圧を上昇したのに対し,ドブタミンは心拍出量
と心拍数が上昇し,肺動脈拡張期圧と肺毛細管圧を低下させた.クロスオーバー試験でも同様に,ドブタミンはドパミンに比べ肺動脈拡張期圧を低下
し,肺うっ血の軽減にも有効とされた.したがって,急性心筋梗塞に伴う心ポンプ失調ではドブタミンの方が合目的な強心薬である.しかし,血圧低下
例では両者の併用もしくはノルアドレナリンの併用が必要とされる.

3)ノルアドレナリン
 ノルアドレナリンは内因性カテコラミンであり,交感神経節後線維や副腎髄質においてドパミンから合成される.ノルアドレナリンはβ1 刺激作用によ
り陽性変力作用と陽性変時作用を示す.また末梢のα受容体に働く強力な末梢血管収縮薬である.他の強心薬使用ならびに循環血液量の補正に
よっても心原性ショックからの離脱が困難な患者に用いられる.末梢血管抵抗の増加により平均動脈圧は増加するが,心筋酸素消費量を増加させ,
腎,脳,内臓の血流量を減少させるので強心薬として単独の使用は控える.ただし,敗血症性ショックを合併している患者では投与が必要となる.

②ジギタリス

 ジギタリスは200年以上の歴史の中で,心不全治療,特に心房細動合併例の第一選択薬として歴史的に評価されてきた経緯がある.ジゴキシンは
強心薬としては他のカテコラミン類似薬に比して劣るが,急性効果を検討した非対照試験では血行動態改善に有用であった76).さらに長期予後に関
するDIG試験を考慮に入れると77),血中濃度に注意すれば生命予後改善効果は見込めないものの再入院率は減少する.急性心不全では心房細動
など頻脈誘発型心不全に対して適応とされる(表21,42).急性心筋梗塞や心筋炎による急性心不全への投与は推奨できない.

 心房細動などにおける心拍数コントロールを目的に,以前推奨されていたジギタリスの急速静注飽和療法は,現在では用いられることが少ない.は
じめから0.125~0.25mgを緩徐に静注し,中毒に注意しながら適宜使用する方法が一般的である.

 ジギタリス投与の禁忌例として,徐脈,第2~ 3度房室ブロック,洞不全症候群,WPW症候群,閉塞性肥大型心筋症,低カリウム血症,高カルシウ
ム血症が挙げられる.

③ PDE 阻害薬

 PDE阻害薬の長所は,(1)β受容体を介さずに効果を発揮するので,カテコラミン抵抗状態にも有効,(2)血管拡張作用と強心作用を併せ持ち,心
筋酸素消費量の増加がカテコラミン薬に比し軽度,(3)硝酸薬に比し耐性が生じにくい,ことが挙げられる.急性心不全では静注投与開始後作用発
現が速やかであり,血行動態改善効果はほぼ用量依存性である(非虚血性:クラスⅡ a,レベルA;虚血性:クラスⅡb,レベルA)78)表17,42).

 β遮断薬が投与されている慢性心不全急性増悪患者では,交感神経受容体がブロックされているので,ドパミンやドブタミンなどの強心効果は制限
される.一方,β受容体を介さないPDE阻害薬やコルホルシンダロパートなどのアデニル酸シクラーゼ賦活薬(非虚血性:クラスⅡ a,レベルC;虚血
性:クラスⅡb,レベルC)は優れた心拍出量増加と肺毛細管圧低下作用を発揮する79)表17,42).

 米国で行われたADHERE(Acutely Decompensated Heart Failure National Registry)の解析結果では,ミルリノンが投与された心不全例の院
内予後はドブタミンが投与された心不全例よりも良好であった80).しかし,慢性心不全の急性増悪患者におけるプラセボを対象としたミルリノンの比
較試験OPTIME-CHFではミルリノン投与群に血圧低下,新規の心房性不整脈の副作用が多かった31).本試験は本来ミルリノンを必ずしも必要とし
ない低リスク心不全患者が対象であり,この結果の評価については慎重な対応が要求される.血圧が維持されている患者では,ボーラス投与後に
持続静注される.一般的には血圧低下や不整脈の出現に注意しながら持続静注にて開始する.

④ アデニル酸シクラーゼ賦活薬(コルホルシンダロパート)

 我が国でのみ使用可能な強心薬である.PDE阻害薬と同様にInodilatorとして作用するが,効果発現がPDE阻害薬に比べ遅いこと,心拍数増加が
大であること,催不整脈性,などに留意せねばならない.PDE阻害薬との少量併用療法の有効性が示唆されている(非虚血性:クラスⅡ a,レベル
C;虚血性:クラスⅡb,レベルC)(表17,42).

⑤ カルシウム感受性増強薬(ピモベンダン,レボシメンダン[我が国未認可])

 ピモベンダンは,心筋収縮調節蛋白トロポニンのカルシウム感受性を増強することにより,細胞内カルシウム濃度の上昇を来たすことなく心筋収縮
力を増強する.さらにPDE活性を抑制することにより血管拡張作用を示し,心拍出量の増加と肺毛細管圧の低下が得られる.レボシメンダンはヨー
ロッパで認可導入され,急性非代償性心不全患者に対する静注薬として使用されている.LIDO試験では低心拍出性心不全に対してドブタミン群より
も血行動態が改善し, 死亡率も低下した81).RUSSLAN試験では急性心筋梗塞による左室不全患者において,低血圧あるいは心筋虚血を誘発する
ことなく心不全の悪化および死亡を抑制した82). しかし,SURVIVE試験では急性非代償性心不全に対して,レボシメンダンの長期予後改善効果は
ドブタミンと比較して確認できなかった83).今後,適応や用量について検討が必要である.
4 強心薬
表17 急性心原性肺水腫の治療
表21 治療,管理目標の設定
表42 両心不全の治療
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