急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure( JCS 2011)
 
急性弁膜症を疑う所見
身体所見,胸部レントゲン写真,心電図,心エコー検査
(必要に応じて経食道エコーを追加)
虚血性僧帽弁逆流
急性心筋梗塞に伴う僧帽弁逆流
外科的修復術・弁置換術に冠動脈再建術を併用
冠動脈再建術が不可能な場合のみ,単独の弁手術
非虚血性機能性僧帽弁逆流
心不全治療
必要に応じ外科的修復術・弁置換術
機能的僧帽弁逆流器質的僧帽弁逆流
外科的修復術・弁置換術
Karen K. Circulation. 2009; 199:3232-3241 より改変
急性大動脈弁閉鎖不全
外科的修復術・弁置換術
急性僧帽弁閉鎖不全
機能的僧帽弁逆流か器質的僧帽弁逆流かの評価
①心タンポナーデ

 心タンポナーデとは心膜液貯留により心嚢内圧が上昇し,拡張期の静脈還流が障害されて心室充満に支障を来たす病態である.心拍出量低下と
静脈うっ血が生じ,急性経過でしばしばショックに陥る.心嚢内には通常50mL未満の心膜液が存在する. 比較的少量の出血(100mL程度)でも急
激に貯留すると心タンポナーデを発症する.低圧である右心系は,初期から心膜液貯留による圧迫の影響を受けやすく,右室充満圧異常が最も早
期に現れる.特徴的徴候としてBeckの三徴(頸静脈怒張,低血圧,心音減弱),奇脈,Kussmaul徴候がある.臨床症状のみから診断を下すことは
困難な例があり,疑われる場合は心膜液貯溜の確認に心エコー検査を行う141),142).心膜液の貯留,右室と右房の虚脱が拡張早期に認められる.
右室の拡張期虚脱所見は治療のタイミングを決定する上で重要である141),143).また,静脈圧上昇を反映した下大静脈の拡大と呼吸性変動の消
失,心室中隔の異常運動,ドプラ所見ではKussmaul徴候を反映して左右心室流入血流速度の呼吸性変動が顕著となり,吸気時に拡張早期右室
流入速度が増大し,左室流入速度は15%相当減少する144)

 急性ないし亜急性に発症し,迅速な対応が要求される心タンポナーデの原因は,外傷,解離性大動脈瘤,急性心筋梗塞(Dressler 症候群を含
む),心臓手術後の出血,診断治療手技の合併症(冠動脈穿孔や心筋の穿孔)などがある.

 緊急時にはベッドサイドにて心エコーガイド下に穿刺,ドレナージを行う.緊急時の強心薬投与は無効であり,出血性心タンポナーデで循環血液量
が減少している状態であれば,ドレナージは一時的な血行動態の維持に有用である.人工呼吸は胸腔内圧が陽圧となり,心室充満が困難となるこ
とから急激な血圧低下を引き起こすことがある141).心膜穿刺は,通常,半座位にて施行する.ただし,半座位が困難な場合,以下の条件が確認で
きれば臥位で行うことも可能である.心窩部剣状突起下からのアプローチで,心エコーにて他臓器を損傷することなく,心膜液が確認でき(10mm以
上が望ましい),心周期での変動が少ない部位を探す.穿刺部位,深さ,方向を確認し,試験穿刺を行う.持続的に吸引する場合にはカテーテルを
留置する.手技中および吸引中は心室性不整脈の出現に注意する.心膜穿刺は冠動脈,心臓,肺,肝臓などの損傷を起こすことがあるので,注意
を要する.心膜穿刺が不成功の患者や出血性心タンポナーデで再度心膜液貯留がみられる患者では,外科的に剣状突起下から,または開胸によ
る心膜切開術を行う.大動脈解離,心筋梗塞後心破裂,外傷,心臓手術直後の心タンポナーデは緊急手術の適応である.

②急性弁膜症

 急性弁膜症はいずれの心臓弁でも発症し得る.ただし,左心系心臓弁膜症の発症率が高く,また緊急的な処置を必要とする.本稿では急性大動
脈弁逆流と急性僧帽弁逆流について詳述する.治療アルゴリズムを図13に示した145)-148)

1)急性大動脈弁逆流症149)
 急性発症の大動脈弁逆流症(急性AR)は,迅速な外科的処置を行わないと心原性ショックのおそれの強い緊急度の高い病態である.原因として
大動脈解離や感染性心内膜炎,外傷,医原性による大動脈弁の障害がある.急性ARは,その原因疾患からみても内科的に心不全のコントロール
が困難な状況下で発症しており,外科治療の適応について早急に検討する.特に,高血圧を有する患者の大動脈解離,大動脈弁狭窄症を有する
患者の感染性心内膜炎や大動脈弁バルーン拡張術後の急性ARでは,急激にショック状態となる147).また,左室拡張末期圧が上昇し,冠動脈血
流の低下,左室の拡大と伸展による壁の菲薄化は後負荷を増大させ,頻脈による心筋酸素需要の上昇とあいまって,著明な心筋虚血を惹起する.
心エコー検査は確定診断と重症度評価に必須であり,原因検索および肺高血圧の程度を推測できる.大動脈基部の解離による急性ARは特に緊急
外科的介入が必要であり,疑わしい患者では経食道心エコーが必要となる150),151).血管拡張薬や強心薬は駆出血流を増加させ,左室拡張末期
圧を減少させる.外科手術の準備が整うまでの間の血行動態維持に役立つ.IABPは禁忌である.感染性心内膜炎による急性ARで,低血圧や肺
うっ血,それに低拍出量状態に陥っている患者では,外科的治療のタイミングを遅らせないように留意する.

2)急性僧帽弁逆流症149)
 急性発症の僧帽弁逆流症(急性MR)では,急速な左室および左房への容量負荷が発生し,肺水腫や心原性ショックを呈する.血管拡張薬,カテ
コラミン薬の投与によって血行動態の改善が得られない患者では緊急手術の適応となる.IABPは手術を前提とした循環動態の維持に用いられる.
原因は感染性心内膜炎,急性心筋梗塞,その他に特発性の腱索断裂や乳頭筋断裂による.心エコー検査は診断および重症度評価に有用である.
カラードップラーは逆流血流の方向により過小評価される可能性がある.経胸壁心エコーにて左室が過収縮状態にあるにもかかわらず,急性心不全
に陥っている患者は急性MRの可能性がある.経食道エコーはカラードップラーをより正確に描出する.僧帽弁形態や重症度評価により威力を発揮
し,また外科的修復術に必要な僧帽弁の解剖学的データを得ることもできる.急性発症の重症MR,特に器質的・構造的MRに対して内科治療が反
応しない患者では,速やかに外科的治療に移行する.IABPは手術の準備が整うまでの間患者の血行動態を安定させる.急性虚血ないし急性心筋
梗塞に伴う機能性MRでは,血行再建によってはじめて逆流改善が期待できる.SHOCK研究(Should We Emergently Revascularize Occluded
Coronaries in Cardiogenic Shock)では,急性冠動脈閉塞に伴う急性MRの重症度は短期予後および長期予後と負の相関を示し,早急な血行再
建によるMR改善が重要とされた152).心筋症による急性MRは適切な心不全治療により改善する可能性がある.
6 急性心不全時の手術適応と方法(心タンポナーデ,急性弁膜症)
図13 急性弁膜症における治療体系
Karen K. Circulation. 2009; 199:3232-3241 より改変
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