急性心不全治療の最も優先すべき課題は救命である.その点から考えると急性心不全で用いられるいくつかの薬剤は,いわゆる心筋保護薬の薬
理作用とは相反するものがある.例えば,昇圧を目的とした薬剤が心原性ショックを合併する急性心不全治療に用いられるが,一方では心筋保護薬
の多くが降圧作用を併せ持つ.したがって,救命できる状況を確保できたなら,次にその後の長期予後やQOLの改善を到達目標に掲げるべきであ
る.慢性心不全においては心筋保護という概念が確立されているが,急性心不全においてもその多くが慢性心不全の急性増悪であることを考慮する
と,急性期からの慢性期の対応を考慮に入れて心筋保護に心掛ける.
① ACE 阻害薬とARB
周知の如く,慢性心不全ではACE阻害薬が不忍容な患者ではARBが推奨される(表25).ただし,国内で保険収載されているのはその一部の薬
剤に留まっている.ACE阻害薬やARBは前負荷や後負荷の軽減から心肥大や心不全の抑制が期待できる.事実,明らかな心不全症状のない心機
能障害例から重症患者に至るまでその予後を改善する84)-87).
慢性心不全のみならず,急性心不全においても内服可能患者ではACE阻害薬やARBは有効である.ただし,急性心不全の血行動態が極めて不
安定な時期には使用を避ける.現段階では,心不全の原因疾患や重症度,それに心機能や腎機能を的確に診断して使用する.さらに投与タイミング
や投与量も重要である.RAA系抑制薬全体に共通していることであるが,使用時には過度の血圧低下,腎機能障害,高カリウム血症の発現に留意
する.
ACE阻害薬やARBを用いた急性心不全治療患者でも,血漿BNP(NT-Pro BNP)値が追加治療や強化療法の必要性の有無,難治度の評価,そし
て予後予測をガイ
ドしてくれる88).
②抗アルドステロン薬
抗アルドステロン薬は慢性心不全の生命予後を改善する51)-53).急性心不全の急性期を脱した後,抗アルドステロン薬の使用に問題がなければ
投与する(表23参照).アルドステロンは発見から長い歴史を有するホルモンであるが,その拮抗薬は単なる利尿薬ではなく,種々の心・腎保護作用
を有している.投与量に関しては,利尿目的で使用する場合にはスピロノラクトンならば25mgと少量で効果がある.この投与量でも生命予後やQOLを
改善する可能性がある51).ただし,抗アルドステロン薬の副作用には注意を要する.特に,最近は抗アルドステロン薬に加えてACE阻害薬やARBの
併用例が多く,カリウム値や腎機能には十分留意する.
③カルペリチド
カルペリチドはⅢ.4.3.で述べたように,前負荷と後負荷を軽減し,心機能を改善する34).さらに,カルペリチドにはACE阻害薬やARB,または抗
アルドステロン薬と似たRAA系を抑制する作用がある.さらに,反射性の交感神経活性の抑制89),90),心筋梗塞後のリモデリングを抑制する作用が
指摘されており91),92),多彩な薬理作用が指摘されている.ただし,カルペリチドが心・腎保護作用をどの程度有するか,また投与すべき心不全の原
因疾患,および投与量や投与期間については未だ議論がある.我が国では,その有効性と安全性についてデータは蓄積されており33),急性心不全
の第一選択薬の1つとして推奨される.
④β遮断薬
ACE阻害薬やARBと同様にβ遮断薬は慢性心不全において確立された標準治療薬である.従来は慢性心不全の安定期に投与開始されてきたが,
最近は急性心不全早期からの開始に努める93).特に,急性心筋梗塞による心不全徴候や左室機能障害を示す患者では,早期に,少なくとも退院前
にはβ遮断薬を開始する.また急性心不全入院患者でACE阻害薬(ARB)投与例では退院前までに禁忌例を除きβ遮断薬の投与を試みる(2008ESC
ガイドライン)( クラスⅠ,レベルA)(表43).
β遮断薬が投与された慢性心不全患者が急性増悪を起こして入院した場合,直ちにβ遮断薬を中止するのではなく,徐脈,高度な房室ブロック,気
管支攣縮,心原性
ショックや治療困難例のみ減量あるいは投与中断を考慮し,可能な限り継続する(クラスⅡa,レベルB)(表16).急性増悪を契機にβ遮断薬が中止さ
れた心不全例
の生命予後は不良である94).