急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure( JCS 2011)
 
薬  剤
イオンチャンネル受容体ポンプ臨床効果心電図所見
Na
Ca K lf α β M2 A1
No-KATPase左室機能洞調律心外性PR QRS JTFast Med Slowリドカイン○ → → ● ↓
メキシレチン○ → → ● ↓プロカインアミド●A ● ↓ → ● ↑ ↑ ↑ジソピラミド●A ● ○ ↓ → ● ↑↓ ↑ ↑キニジン●A ● ○ ○ → ↑ ● ↑↓ ↑ ↑プロパフェノン●A ● ↓ ↓ ○ ↑ ↑
アプリンジン●I ○ ○ ○ → → ● ↑ ↑ →シベンゾリン●A ○ ● ○ ↓ → ○ ↑ ↑ →
ピルメノール●A ● ○ ↓ ↑ ○ ↑ ↑ ↑→フレカイニド●A ○ ↓ → ○ ↑ ↑
ピルジカイニド●A ↓ → ○ ↑ ↑ベプリジル○ ● ● ? → ○ ↑ベラパミル○ ● ● ↓ ↓ ○ ↑
ジルチアゼム● ↓ ↓ ○ ↑
ソタロール● ● ↓ ↓ ○ ↑ ↑
アミオダロン○ ○ ● ● ● → ↓ ● ↑ ↑
ニフェカラント● → → ○ ↑
ナドロール● ↓ ↓ ○ ↑
プロプラノロール○ ● ↓ ↓ ○ ↑
アトロピン● → ↑ ● ↓
ATP ■ ? ↓ ○ ↑
ジゴキシン■ ● ↑ ↓ ● ↑ ↓
遮断作用の相対的強さ:○低 ●中等 ●高
A=活性化チャネルブロッカー I=不活性化チャネルブロッカー
■=作動薬
 心不全にはあらゆるタイプの不整脈が出現する.その際,抗不整脈薬は慎重に使用する.多くの抗不整脈薬は陰性変力作用や催不整脈作用を有し
ている.心不全患者に使用する場合は必要最小限とする.表26に各種抗不整脈薬の心機能への影響を掲げた95).心不全患者では,特に陰性変力作
用に留意し,使用薬を選択する.

①Ⅰ群抗不整脈薬

 Ⅰ群抗不整脈薬はNa チャネル遮断作用を有する薬物で,心筋の脱分極を抑制し膜安定化作用を示す.心筋の伝導を抑制し,リエントリー回路の伝
導途絶を惹起して不整脈を停止する.活動電位に対する作用から,延長作用を有するⅠa群,短縮するⅠb群,不変のⅠc群に細分される.Ⅰ a群,Ⅰ
c群薬は心房筋・心室筋に作用するが,Ⅰb群薬は心室筋にのみ強く作用する.またチャネル蛋白への結合解離速度により緩徐解離型および急速解離
型の薬物に細分される.概して緩徐解離型のⅠ群薬は陰性変力作用が強いため, 心不全例には避ける.CAST研究96),97)では,Ⅰc群薬が心機能低
下を伴う心筋梗塞患者の生存率を悪化させることが示された.急速解離型のⅠ群薬は陰性変力作用が比較的弱いため,心不全患者でも心室起源の
不整脈を目標にする場合に限定的に用いる.

②Ⅱ群抗不整脈薬

 Ⅱ群抗不整脈薬は交感神経β受容体遮断薬であり,洞結節の自動興奮能,房室結節の自動興奮能と伝導を抑制する.β遮断薬は強い陰性変力作用
を有するため,心不全患者での使用は慎重に少量から行う.抗不整脈薬として用いるβ遮断薬にとってはβ 1選択性が高いことと内因性交感神経刺激
作用を持たないことが重要であり,ビソプロロールが適している.カルベジロールの伝導抑制作用は限定的である.急性病態では静注薬を必要とする場
合があり,プロプラノロールが用いられる.ランジオロールが選択される場合もあるが適応は周術期に限定される.

③Ⅲ群抗不整脈薬

 Ⅲ群抗不整脈薬はKチャネル遮断作用を有する薬物で,心筋の不応期を延長させることでリエントリーの興奮間隙を消失させ,心房や心室を起源とす
る頻脈性不整脈を停止する.再分極が延長することでQT延長を引き起こしやすく,過剰な作用によって多形性心室頻拍(Torsade de Pointes)など,重
篤な心室性不整脈を誘発する場合がある.Ⅲ群薬は陰性変力作用が少なく,心不全患者でも比較的用いやすいが,器質的障害を有する心筋や電解
質異常例(低カリウム血症など)では催不整脈性が亢進する場合が多く,QT延長に留意しながら用いる.

 アミオダロンは,Kチャネル(Iks)遮断作用に加えて,弱いNa チャネル遮断作用,Caチャネル遮断作用,αおよびβ遮断作用を有する(表26).陰性変
力作用が弱いため,心不全患者でも比較的安全に用いることができる.Kチャネル遮断作用により,心房細動ないし心室性不整脈の抑制を期待できる
他,Caチャネル遮断作用とβ遮断作用により,心房細動時の心拍数調節作用も有する98).心肺停止例の致死的不整脈に対しては,アミオダロン静注
がリドカイン静注より優れた救命作用を示した99).しかし,アミオダロン静注は血圧低下を引き起こす可能性がある.心不全患者での使用は慎重に行
う.アミオダロン経口投与は,GESICA研究100)で全死亡を低下させ,心不全悪化による入院・死亡を低下させた.CHF-STAT研究101)や,SCD-HeFT
研究102)ではプラセボ群と差を認めなかった.致死的不整脈を抑制するなどの具体的な目標を持たずに,心不全患者へのアミオダロン使用は推奨され
ない.しかも,アミオダロンは,心外副作用として間質性肺炎,肺線維症,甲状腺機能異常,角膜色素沈着などを引き起こす.特に,間質性肺炎は致死
的となる場合があり,慢性的な投与においては定期的なチェックが必須である.

 ソタロールはKチャネル(Ikr)遮断作用とβ遮断作用を有する経口薬で,突然死予防や致死的不整脈の予防効果を期待できるが,β遮断作用による徐
脈や心不全の増悪に留意する必要がある.ニフェカラントはKチャネル(Ikr)遮断作用のみを有する静注薬で,重症心室性不整脈や心肺停止蘇生例に
おいてアミオダロン静注に匹敵する効果が期待できる.陰性変力作用がないため心不全患者でも比較的安全に用いることができる.再分極延長によ
り,QT延長や多形性心室頻拍を引き起こす可能性がある.ベプリジルは,複数のKチャネル遮断作用(Ikr,Iks,Ito)と弱いNa チャネル遮断作用に加え
てCaチャネル遮断作用を有する経口薬である.Caチャネル遮断作用が強いため分類上はⅣ群に属するが,抗不整脈薬として用いる場合はKチャネル
遮断作用を期待してⅢ群薬に準じて使用される.心不全患者では陰性変力作用に加えてQT延長による催不整脈性が問題になる場合が多く,慎重な
使用が必要である.

④Ⅳ群抗不整脈薬

 Ⅳ群抗不整脈薬はCaチャネル遮断作用を有する薬物で,抗不整脈薬として用いる場合はCaチャネル遮断作用による房室結節伝導抑制を期待して使
用する.陰性変力作用があるため,心不全患者では慎重に使用する必要がある(Ⅴ.5.参照).発作性上室頻拍の停止や頻脈性心房細動の心拍数
調節目的に,ベラパミルやジルチアゼムを用いることがあるが,陰性変力作用に留意し,他の手技が無効な場合に限定して用いるべきである.

⑤その他の抗不整脈薬

 ジギタリスの房室結節伝導抑制作用は頻脈性心房細動の心拍数調節に有用である.他の房室結節伝導抑制作用を有する薬物(ⅡおよびⅣ群薬)は
陰性変力作用を有するため,心不全患者においては,しばしばジギタリスが唯一使用可能な薬物となる.ジギタリスを使用する場合には有効血中濃度
や副作用に十分配慮する必要がある.最も一般的な治療域はジゴキシンで0.8~ 2.0ng/mLである.有効性が確認されれば低用量投与(ジゴキシン濃
度として0.5~ 1.0ng/mL)50)が安全である.なお,副伝導路(WPW症候群)の関与する頻拍(偽性心室頻拍)ではジギタリスは禁忌となる.

 アデノシン(ATP)は房室結節に直接作用して房室結節の伝導を抑制する.発作性上室頻拍のうち,頻拍維持が房室結節伝導に依存する頻拍(房室
結節性回帰頻拍,房室回帰頻拍など)停止が期待できる.数十秒で代謝され,伝導抑制効果が遷延しないため,心不全患者でも比較的安全に用いら
れる.一過性に生ずる心肺停止が遷延する場合があるので,緊急処置を用意する.また過敏症患者では呼吸困難が出現する場合もある.
7 抗不整脈薬
表26 各種抗不整脈薬の心機能への影響(Sicilian Gambitが提唱する薬物分類枠組み)
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