利尿薬も血管拡張薬(硝酸薬,カルペリチドなど)も,いずれも急性心原性肺水腫に有効である.一般的には,血管拡張薬が第一選択であるが,慢性
心不全の急性増悪のようにうっ血が著明の場合には利尿薬主体の治療を行う.一方,血圧高値,心筋虚血を合併する患者,僧帽弁逆流症がある患者
などは血管拡張薬が望ましい.個々の患者の病態生理に応じた薬剤の選択(利尿薬,硝酸薬,カルペリチドなど)が重要である.ただし,左室収縮障
害を伴う急性心不全の治療において,カルシウム拮抗薬の使用は推奨されない.我が国では硝酸薬の使用頻度が比較的少なく,カルペリチドの使用
頻度が高いのが特徴である10).収縮期血圧90mmHg未満の心原性ショック患者に対する血管拡張薬の使用は控えるべきである.また,腎機能障害
例では血圧の低下に特に注意を要する.また大動脈弁狭窄症合併例では著明な血圧低下を来たす場合がある.
①硝酸薬
ニトログリセリンやISDNの舌下やスプレーおよび静注投与が,急性心不全や慢性心不全急性増悪時の肺うっ血の軽減に有効であることは旧ガイドラ
イン,およびACC/AHAガイドラインにも提示されている(クラスⅠ,レベルB)(表17,20).ニトログリセリン,ISDNなどの硝酸薬はNOを介して,血管平
滑筋細胞内のグアニル酸シクラーゼを刺激し,低用量では静脈系容量血管を,高用量では動脈系抵抗血管も拡張し,前負荷軽減効果(肺毛細管圧低
下)および後負荷軽減効果(末梢血管抵抗低下に伴う心拍出量の軽度上昇)を発現する.また,冠動脈拡張作用により虚血性心疾患を原因疾患とす
る急性心不全に汎用される.心臓救急の場で重症肺水腫患者を対象に実施された高用量硝酸薬静注反復投与+低用量フロセミド投与の併用と高用
量フロセミド投与+低用量硝酸薬持続静注の併用の比較試験では,前者の方が人工呼吸管理導入の頻度が低く急性心筋梗塞発症の頻度も低い
32).硝酸薬のほうが有益である成績と解釈される.
硝酸薬投与では副作用として血圧低下と肺内シャント増加に由来する動脈血酸素飽和度の低下が挙げられる.また,比較的高用量の静注投与に
伴って早期(16~ 24時間)から耐性が発現するが,その予防法として,投与用量の調節,投与間隔をおくこと(間欠投与;昼のみ,あるいは夜のみ投
与など),SH基を補充する(グルタチ
オンなど)ことなどが挙げられる.
②ニコランジル
ニコランジルは,硝酸薬としての静脈系拡張作用にATP感受性カリウム(KATP)チャネル開口作用に起因する動脈系拡張作用を有する治療薬であ
る.ニコランジルはKATPチャネル開口作用が関与しているので,硝酸薬に比べて薬剤耐性を生じにくい62),63).さらに,過度な降圧を来たしにくい
64).KATPチャネルの開放は特に虚血心において,プレコンデイショニング効果と活動電位短縮によるカルシウム過負荷の抑制効果を介して,心筋保
護効果を発揮する.急性心筋梗塞に対する再灌流療法に先立ってニコランジルを単回静脈内投与すると,冠微小循環の改善と再灌流障害の改善をも
たらす65).したがって,虚血心に伴う急性心不全に有効と期待されている.
③カルペリチド
血中hANP濃度は心不全早期より上昇し,心房圧上昇に伴い心房筋より分泌される.カルペリチド(遺伝子組み換えhANP)は,1993年に我が国で
開発されたナトリウム利尿ペプチドファミリーの1つで,1995年より臨床使用されている.本薬は血管拡張作用,ナトリウム利尿効果,レニンやアルドス
テロン合成抑制作用などにより減負荷効果を発現し,肺うっ血患者への適応とともに,難治性心不全に対してカテコラミンなどの強心薬と併用される(ク
ラスⅡa,レベルB)(表42).肺毛細管圧を低下し心拍出量を増加させるが,他の血管拡張薬や強心薬と異なり,心拍数を増加させない21),41).これは
カルペリチドの交感神経抑制作用に起因するものと考えられ,心不全での有用性は高い(Ⅲ.4.6.参照).副作用としては投与開始初期に血圧の低
下を生じることがあるので,投与開始の際には低用量[0.025~ 0.05μg/kg/分(場合により0.0125μg/kg/分)]から持続静脈内投与する.約3,800例を
対象とした我が国の実臨床における前向き調査では0.05~ 0.1μg/kg/分の投与量で使用されていることが多く(最大0.2μg/kg/分まで使用可能),有
効性82%と報告されている33).特に心筋症,高血圧性心疾患,弁膜症などによる非代償性心不全患者では有効性が高い(クラスⅡa,レベルB)(表
17).これに対して重篤な低血圧,心原性ショック,急性右室梗塞患者,脱水症では禁忌である.急性心不全を対象としたカルペリチドの無作為割り付
け比較試験では18か月間の経過観察期間における死亡あるいは再入院件数はカルペリチド投与群に少なかった66).2002年,急性心不全患者を対象
にカルペリチドと類似作用を有するBNP(ネシリチド)の効果と安全性をニトログリセリンと比較した米国の臨床試験(VMAC)成績が発表され,ネシリチ
ドは肺毛細管圧の低下が速やかで,かつ大であることが示された24).さらに,ドブタミン投与に比較して短期予後は良好であり,催不整脈性が少ない
とする報告もあり,米国では急性心不全治療薬として注目されている67).最近,血清クレアチニン値が上昇(平均1.5~1.8mg/dL)している非代償性慢
性心不全を対象とした試験では,ネシリチドはGFRおよび尿量を増加させず68),むしろ腎機能悪化に至ったとの報告もある69).一方,我が国における
カルペリチドは相対的により少量(0.0125~ 0.2μg/kg/分)で使用されている.0.0125~ 0.025μg/kg/分の極低用量を用いた場合,必ずしも腎機能を悪
化させない.ベースラインの血清クレアチニン中央値1.2mg/dLの急性心不全患者7,141例を対象としたASCEND-HFではネシリチド0.01μg/kg/分投与
は腎機能を悪化させなかった70).
④ホスホジエステラーゼ(PDE)阻害薬
PDE阻害薬はcAMPの分解に関与するPDEを選択的に阻害し,β受容体を介さずに心筋および血管平滑筋細胞内のcAMPを上昇させ,心筋収縮力
の増大と血管拡張作用を発現する.Inodilatorと呼ばれ,速やかに優れた血行動態改善効果を発揮する.(Ⅲ.4.4.参照).
⑤ ACE 阻害薬,ARB
慢性心不全において,ACE阻害薬治療は無症候性から症候性,最重症患者まで,第一選択治療薬としての評価が最も確立されている.急性心不
全患者では,標準薬としてACE阻害薬を加えるとより早く身体所見が改善するとする報告があり71),急性期から慢性期への移行に際しては早期から
投与開始に努める.しかし,急性心不全では,慢性心不全と異なり循環血液量が増え,常に過剰な体液貯留となっているわけではないので,血圧低
下の副作用に注意する(クラスⅡ a,レベルC)(表24).