急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure( JCS 2011)
 
クラスⅠ
 ・ 急性心不全における肺うっ血,浮腫に対するフロセミド
(静注および経口投与):レベルB
 ・ 重症慢性心不全 NYHAⅢ~Ⅳに対するスピロノラクト
ン経口投与:レベルB
クラスⅡa
 ・ カルペリチド静脈内投与:レベルB
 ・ 急性心不全から慢性期管理に移行する場合のトラセミド:
レベルB
 ・ フロセミド1回静注に抵抗性の場合の持続静脈内投与:
レベルB
クラスⅡb
 ・ フロセミドによる利尿効果減弱の場合の多剤併用(ルー
プ系とサイアザイド,スピロノラクトン):レベルC
 ・ 腎機能障害合併例に対するカルペリチド静脈内投与:レ
ベルB
クラスⅢ
 ・ 腎機能障害,高K血症合併例に対する抗アルドステロン
薬投与
 急性心不全における利尿薬による治療を表24に示す.

①ループ利尿薬

1)フロセミド
 ループ利尿薬は肺うっ血や浮腫などの心不全症状を軽減し,前負荷を減じて左室拡張末期圧を低下する.急性心不全患者において,その効果は即
効性である.2009年に改訂されたACC/AHA心不全診療ガイドライン50)においても,症候性左室収縮性心不全に対し利尿薬,ACE阻害薬,β遮断薬
の投与が推奨されている.スピロノラクトン(RALES試験)51)やエプレレノン(EPHESUS試験52),EMPHASIS-HF試験53))以外の利尿薬に関しては
心不全予後改善効果のエビデンスが示されているわけではない.しかし,ACE阻害薬,β遮断薬の長期予後改善効果を明らかにした数多くの大規模
臨床試験では,いずれの場合にも利尿薬が基礎治療薬として併用されている.ループ利尿薬による急激かつ過度の利尿は骨格筋の痙攣を惹起す
る.カリウムの補充をしながら対応する.また,低血圧(収縮期血圧90mmHg未満),低ナトリウム血症,低アルブミン血症,アシドーシスを合併してい
る患者では反応が不良となる.

 心不全患者では腎機能障害を合併していることも少なくないが,腎機能障害例ではフロセミドの尿細管分泌が低下し,用量・反応曲線が右方偏位し
ている.治療には通常より高用量を必要とする54).1 回静注投与で満足な利尿効果が得られない場合には,むしろ持続静注のほうが有効な場合もあ
る(クラスⅡb)(表24).持続静注投与の場合には反応性ナトリウム貯留を抑え,結果的に前者に勝る利尿効果が得られることによる55)Ⅲ.4.2.
参照).また,フロセミドによる利尿効果減弱の場合には,作用部位の異なる利尿薬との併用(ループ系とサイアザイド,あるいはスピロノラクトン)が有
効な場合がある.ただし,電解質異常,BUN上昇を来たす頻度が高いので注意を要する.

2)長時間作用型ループ利尿薬
 短時間作用型ループ利尿薬は腎臓緻密斑でレニン分泌を刺激し,その結果,体液量非依存性にアンジオテンシンⅡ,アルドステロン分泌を促す.ア
ゾセミドなどの長時間作用型ループ利尿薬によりレニン・アンジオテンシン系の活性化を最小限にすることが可能である.しかしながら,低カリウム血
症を回避することはできない.トラセミドは長時間作用型ループ利尿薬であるとともに,抗アルドステロン効果を有するので,低カリウム血症も回避する
ことが期待される.さらに慢性心不全を対象とした臨床試験では,フロセミド群に比べ心臓死や心不全再入院率などが少なく,長期予後も良好であっ
56).急性心不全から慢性期管理に移行する時期の利尿薬として有用と考えられる.ただし,腎機能障害や高カリウム血症などがある場合には抗ア
ルドステロン薬と同様の配慮が必要である.

②抗アルドステロン薬

 1999年に発表された重症慢性心不全NYHA分類Ⅳ度(Ⅳ度を経緯したⅢ度)を対象とした大規模臨床試験(RALES試験)で,スピロノラクトンの卓
越した長期予後改善効果が示された51).本薬がナトリウム貯留や心筋線維化を抑制したことが心不全の増悪を抑止し,心筋でのノルアドレナリンの
取り込みの抑制,血中カリウムの保持が突然死の減少をもたらし,総死亡の抑制効果を示したものと考えられる.さらに,より選択的な抗アルドステロ
ン薬としてエプレレノン(我が国では心不全に対する保険適応なし)の臨床試験成績(高血圧症や慢性心不全治療薬として)が相次いでなされている
52),57).エプレレノンはスピロノラクトンにみられる女性化乳房や乳房痛などの副作用がないのが特徴である.大規模臨床試験の結果を踏まえた抗ア
ルドステロン薬の汎用に伴い,高カリウム血症が多数報告されるようになった.中等度以上の腎機能障害例(クレアチニンクリアランス<50mL/分)や
血清カリウム5.0mEq/Lを既に超えている患者は適応外である.適応例においても導入にあたっては頻回なモニタリングが必須となる(表2558)

③カルペリチド(hANP)

 動静脈拡張作用,ナトリウム利尿作用,RAA系抑制作用,交感神経亢進抑制作用などユニークな薬理作用を持つ(Ⅲ.4.3.参照).極めて類似し
た作用を示すBNP(ネシリチド)は我が国では発売されていない.

④バゾプレシン拮抗薬(AVP 拮抗薬)

 アルギニン・バゾプレシン(AVP)分泌亢進は腎臓集合管における水の再吸収を亢進して口渇感を増し,著明な低ナトリウム血症の原因となる.低ナ
トリウム血症は心不全患者における重要な予後規定因子の1 つであり,これを抑制するバゾプレシン拮抗薬は難治性心不全治療薬として期待され
る.V1a受容体は血管平滑筋や血小板などに存在しAVPはこれを介して血管収縮,心肥大を引き起こす.V2 受容体は腎集合管に存在し,水の再吸
収をもたらす.V1a/V2 拮抗薬(コニバプタンなど,無認可)59)やV2 拮抗薬(トルバプタン)を用いて心臓性浮腫患者を対象とした臨床試験が行われ
た.自覚症状や体重を改善するものの投与後1 年における生命予後を改善するには至らなかった60),61).しかし,急性心不全患者のなかでもNa 利尿
抵抗性患者の水利尿には有効であり,特に,低Na 性心不全患者は良い対象である.今後,使用法についてさらなる改良が必要である.
2 利尿薬
表24 急性心不全における利尿薬治療
表25  心筋保護薬としてのACE 阻害薬,ARB,抗アルドステロン薬とカルペリチド
ACE阻害薬,ARB:
 ・ 急性心不全が安定病態に入ったと思われるところから,
少量から使用してゆっくりと増量する:クラスⅠ,レベ
ルA
 ・ 急性期は各患者の病型や重症度に応じて使用する:クラ
スⅡa,レベルB
 ・ 血行動態が極めて不安定な時期は,その使用は避ける:
クラスⅡb,レベルC
抗アルドステロン薬: クラス1,レベルA
カルペリチド:クラスⅡa,レベルB
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