急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure( JCS 2011)
 
心不全治療前 E/E’ 21 心不全治療後 E/E’ 12
 ・左室駆出率(LVEF)
2. 左室充満圧上昇
 ・ 左室流入血流速波形:急速流入期血流速波形(E波)/心
房収縮期血流速波形(A波),E波減衰速度(E deceleration
time: DT)
 ・組織ドプラ法:拡張早期の僧帽弁輪部の動き(E'波)
 ・三尖弁逆流血流速度による収縮期右室右房圧格差
 ・下大静脈径とその呼吸性変動
 ・(上記2つの指標を組み合わせた)推定肺動脈収縮期圧
3. 心拍出量低下
 ・左室流出路時間速度(time-velocity index:VTI)
4. 右室機能異常
 ・右室および右房サイズ
 ・ いずれか1つ以上の右室収縮機能指標(FAC:fractional
area change, 右室弁輪部収縮速度,TAPSE:tricuspid
annular plane systolic excursion,RIMP:RV index of
myocardial performance
 ・推定肺動脈収縮期圧
 急性心不全の診断,治療における心エコー図,ドプラ心エコー図の果たす役割は大きい.(1)血行動態の異常,すなわち,心ポンプ機能の異常とそ
れに伴う心室充満圧の上昇,心拍出量低下の存在を示すこと,(2)原因疾患についてのデータを得ること,の2点に集約される.

 心ポンプ機能は,収縮機能と拡張機能に分けられる.収縮機能を評価するときには最大と最小の左室内腔容積,つまり左室拡張末期容積(end-
diastolic volume:EDV)と左室収縮末期容積(end-systolic volume:ESV)を求め,これらの変化率[(EDV-ESV)/EDV]である左室駆出率(LVEF)
を測定する.実際には,心尖部四腔像,二腔像の2断面を描出し,拡張末期と収縮末期の心内膜面をトレースして容積を求める.この方法は局所壁運
動異常があっても正確な評価が可能である.急性期の臨床現場では,目視による左室駆出率を用いる.目視した左室駆出率は特に収縮能が保たれ
ている患者において過小評価してしまう傾向にある.また,左室駆出率は僧帽弁閉鎖不全症患者,また左室が肥大し内腔が狭い患者では,過大評
価してしまう傾向にある.

 左室充満圧を推定する方法として,(1)左室流入血流速波形より推定する,(2)組織ドプラ法を用いる,(3)肺動脈圧より推定する,などがある.心エ
コー図,ドプラ心エコー図においては左室流入動態を用いて左室拡張機能が評価される.左室流入動態は超音波パルスドプラ法を用いた左室流入血
流速波形記録法が一般的である.左室流入血流速波形は通常急速流入期血流速波形(E波)と心房収縮期血流速波形(A波)の2峰性をなしている.
また,E波の減衰時間(DT)を測定し,左室弛緩障害パターン,偽正常化パターン,拘束パターンをみることにより左房圧,左室充満圧の上昇の有無を
予測する.ただし,このパターンは前負荷の変化により容易に変動する.また,この方法による左室充満圧の類推は左室駆出率が低下している患者
でのみ使い得る.当然,心房細動患者では使えない.左室駆出率が保たれている患者では組織ドプラ法を補助的に用いる.急速流入期血流速波形
(E波)を組織ドプラ法における拡張早期の僧帽弁輪部の動き(E’ 波)で除したE/E’ は,左室充満圧と正の相関を示す(図7).これは左室駆出率が
低下していない患者でも有効である.

 心ポンプ機能が障害され,左室充満圧が上昇すると,必然的に左房圧,そして肺動静脈圧が上昇する.肺高血圧の存在は左室の後方障害の指標
として重要である.三尖弁逆流血流速度より求められる収縮期右室・右房圧較差,加えて下大静脈径とその呼吸性変動を診ることにより(図8),右室
収縮期圧を推定できる.右室収縮期圧は肺動脈弁や肺動脈に狭窄がなければ,肺動脈収縮期圧と一致する.そのため収縮期右室右房圧較差により
収縮期肺動脈圧が推定される.本法による精度も十分である.ただし,三尖弁逆流が存在しなければ測定できない.また,三尖弁逆流の程度とは必
ずしも一致しないことがある.肺動脈に直接病変をもつ肺動脈性肺高血圧では,肺高血圧があっても左房圧が高いことにはならない.

 急性心不全における血管内容積の相対的変量は大いに重要であるが,下大静脈径のサイズ変化の観察は参考になる.

 心拍出量の測定は一回拍出量に心拍数を乗じて算出する.一回拍出量は流出路の断面が円形と仮定し,断層像にて流出路断面積を算出し,パル
スドプラ法を用いて求めた駆出血流速波形から一心拍あたりの時間速度積分値(velocity-time integral:VTI)を求め,これらの積より得られる.ただし
一回拍出量の精度はドプラ法による流出路径や駆出血流速波形の正確度に左右される.

 右心機能は心不全の予後を支配する.急性期においても可能なだけ評価する.評価指標は右室および右房の大きさやいずれか1 つ以上の右室収
縮機能指標(FAC:fractional area change,右室弁輪部収縮速度,TAPSE:tricuspid annular plane systolic excursion,RIMP:RVindex of
myocardial performanceなど),下大静脈系から推測した右房圧,それをもとに算出した肺動脈収縮期圧,などが必要とされる25).また,難治性右心
不全では下大静脈径は拡大し,呼吸性変動は消失,右房圧が上昇している.三尖弁逆流から求めた右室と右房の収縮期圧較差は低心拍出状態の
ため中等度上昇,あるいは正常の場合さえある.

 急性心不全の血行動態を悪化させる要因の1 つとして機能的僧帽弁逆流症(functional MR)の存在がある.機能性僧帽弁逆流症は虚血性心筋症
や拡張型心筋症などの心機能低下患者において弁や弁複合体に器質的異常がなく,弁尖の閉鎖位置が心尖方向に偏位することによって引き起こさ
れる(tethering).薬物療法にても改善しない患者では両室ペーシングや僧帽弁形成術・置換術の適応となる.

 急性心不全における心エコー図のもう1つの役割は,原因疾患の診断根拠を探ることである.虚血性心疾患,高血圧性心疾患,心筋症,器質的弁
膜症など,急性心不全の原因疾患の診断が重要であることはいうまでもない.その他,心膜液貯留を診た時は心タンポナーデを疑う.心膜液貯留に
加えて一過性の心室壁肥厚とびまん性壁運動低下,併せて血液生化学検査上炎症所見と心筋構成蛋白の血中上昇があれば心筋炎を疑う.心内膜
が侵されている所見(弁尖または心内膜壁に付着した可動性腫瘤(疣腫),弁輪部および弁周囲膿瘍,生体弁植込み患者での新たな人工弁裂開),
新規の弁閉鎖不全,弁閉鎖不全の急性増悪などは感染性心内膜炎の徴候である.感染性心内膜炎を疑うものの,体表面心エコー図では所見がな
い患者,弁輪部および弁周囲膿瘍を疑う患者,および人工弁の音響特性によるアーチファクトで十分に診断できない患者では,必要に応じて診断感度
と特異度に優れる経食道心エコー法を行う.また,原因疾患によらず,左室内の同期障害(dyssynchrony)は内科的治療に抵抗する.その存否も診
断上重要である.
7 心エコー図,ドプラ心エコー図(表14)
表14 急性心不全時に用いられる心エコー指標
図7 心不全治療前後のE/E’
図8 下大静脈の拡大と呼吸性変動
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