①症状
急性心不全の症状や身体所見は,うっ血によるものと低心拍出状態による末梢循環不全によるものに大別される(表8).うっ血によるものは左心不
全と右心不全では異なる.
左心不全の場合には左室拡張末期圧や左房圧の上昇に伴う肺静脈のうっ血症状や身体所見が現れる.呼吸器症状として,ガス交換の異常を代
償すべく呼吸困難,息切れ,頻呼吸などを訴える.治療効果の判断基準となるので,呼吸様式や呼吸数の記録は重要である.また,座位では明らか
な心不全症状を認めなくても仰臥位で呼吸困難を認めることがある.肺野の聴診はうっ血の程度により異なる.急性心筋梗塞では聴診所見を主とし
た心不全重症度分類としてKillipの分類が用いられている(表3).
また肺うっ血が気管支に影響を与えると咳が出現し,気管支の浮腫が高度になれば気管支喘息に類似した乾性ラ音を聴取することがある.気道の
毛細血管が破綻すると肺胞の水分とまざりピンク色の泡沫状痰が出現し,水泡音(coarse crackles)を聴取する.気管支炎や肺炎を原因疾患にもつ
患者が,急性心不全を合併していることがあるため,合併する疾患の正確な診断と治療方針をたてる必要がある.
右心不全の場合には右房圧の上昇に伴う体静脈のうっ血により,肝臓や消化器のうっ血症状や内頸静脈怒張など静脈系の拡張に伴う身体所見が
出現する(表8).両下肢や顔面の浮腫は右房圧の上昇を反映している.これには,循環不全の結果としてレニン・アンジオテンシン・アルドステロン
(RAA)系が賦活化し,全身の水分量が増加していることも関与している.うっ血の程度の評価として中心静脈圧の推定が非観血的に可能である.
図5のように,上半身を45度拳上した状態で,頸静脈圧(cm)は頸静脈拍動の頂点から胸骨角までの垂線距離(cm)と推測される.推定右房圧は
3/4×[頸静脈圧(cm)+5(cm)](mmHg)と計算される.推定右房圧の10mmHgを境界として肺動脈楔入圧が22mmHg以下か以上かを80%の心不
全患者で推定可能である.
②心臓の聴診
心臓の聴診は,特に,緊急手術が必要になる心室中隔穿孔や乳頭筋断裂による急性僧帽弁逆流の診断に有用であり,心エコー図所見との相互
補完より早期診断および手術のタイミングを決定することができる.急性心不全では機能的僧帽弁閉鎖不全による収縮期雑音を聴取することが多
い.低拍出性心不全の患者では,Ⅰ音の減弱およびⅢ音,Ⅳ音を聴取することが多く,心室性や心房性ギャロップ(奔馬調律)を聴取する.
③体血圧の測定
急性心不全で血圧の上昇を認める患者は,高血圧が無治療で急性心不全に至った場合(Ⅳ.2.参照)と,急性心不全のために血圧が上昇してい
る場合とがある.一般に,急性心不全では末梢血管抵抗は増加している.体血圧は[心拍出量]×[末梢血管抵抗]で決まるため心拍出量が維持さ
れた急性心不全では極端に血圧が上がっていることがある.急性心不全の結果として血圧が上昇している場合は,その上昇が左室に後負荷増大を
引き起こし,急性心不全のさらなる増悪因子になっている.このような患者では,急性心不全を治療すれば体血圧は自ずと下がる.これに対して,高
血圧が無治療か,管理不良から急性心不全を発症した患者では,拡張性心不全の可能性を考慮に入れて加療に努める( Ⅵ.参照).2008年,
MebazaaとGheorghiadeらは病院到着前や入院直後の早い時期の収縮期血圧から,その病態を大まかに分類し,その後の治療の流れを組み立て
る提案(クリニカルシナリオ)がなされた(表11)21).
一方,血圧が低い場合は,心原性ショックか否かを診断し介入する.脈圧から低心拍出量を推定する方法として,脈圧[収縮期圧-拡張期圧]が収
縮期圧の1/4以下なら心係数2.2L/分/m2以下と推定される.また交互脈の存在も低心拍出量の徴候として重要である.