急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure( JCS 2011)
 
 不整脈のみを原因として発症する心不全は少ない.器質的異常を有する心臓において頻拍による拡張期短縮は左室充満を障害し,徐脈による過
剰な左室充満は拡張末期圧を増大し心不全を誘発する.一方,心不全による壁伸展や交感神経緊張はそれぞれ不整脈の誘導・増悪因子となり得
るため上室性,心室性いずれの不整脈も発生する.心不全における不整脈は,いずれが原因で結果であるかを判別することは困難である.不整脈
の存在が心不全の増悪因子として作用すると考えられる患者で積極的な治療が必要となる.また心不全患者では,治療によって血清電解質に異
常を来たしている例が少なくない.K,Mgなどの補充による電解質補正が重要である.急性心不全急性期に処置を必要とする不整脈には,(1)高度
の徐脈,(2)発作性上室頻拍,(3)心房細動・心房粗動,(4)心室頻拍がある(Ⅲ.4.7.参照).

①高度の徐脈

 心筋変性や線維化に伴って出現する高度ないしⅢ度房室ブロックで,意識障害や心不全を伴う場合には一時的ペーシングを行う.イソプロテレノー
ル(0.2~ 0.5mg/kg/分)が有効な場合もあるが,虚血性心疾患では避ける.徐脈性心房細動も同様であり,症候性の3~ 5秒以上の心拍停止を呈
する患者,無症候でも平均心拍数が40/分を下回る例では,一時ペーシングの適応となる.基礎病態と徐脈の程度に応じて恒久的ペースメーカの適
応を検討する.右冠動脈を責任血管とする心筋梗塞でしばしば高度な房室ブロックが出現するが,その場合は硫酸アトロピンを0.5mg静注する.必
要に応じて3~ 4 回反復してもよい.ただしHis 束以下のブロックでは効果が得られない可能性が高く,心筋虚血の進行によりブロックが進行する可
能性があるため,一時ペーシングで心拍を確保した上で,早急に責任冠動脈の再灌流を図る(クラスⅠ).

②発作性上室頻拍

 貧血,甲状腺機能亢進症,動静脈シャント疾患などは洞頻拍を含む上室頻拍の原因となり得るので除外診断する.洞頻拍は心不全による交感神
経緊張などを介した二次的現象である場合が多く,心不全の軽快とともに自然に治まる.洞頻拍の持続が心不全の治療に障害を及ぼすと考えられ
る患者では,血行動態をモニターしながらプロプラノロールなどの静注β遮断薬をゆっくりと投与する.診断の明らかでない正常幅RR間隔整の頻拍で
は,バルサルバ手技などの迷走神経刺激手技を行う.血行動態の悪化があれば随時直流除細動を考慮する.頻拍の停止が得られず,血行動態が
保たれている場合はアデノシン10mg(1~ 2秒で静注,ただし保険適応外)やCaチャネル遮断薬(ベラパミル5mg,ジルチアゼム10mg,5分前後で
静注)を行う.ベラパミルは血圧低下作用が発現しやすいので,特に注意を要する.さらに停止が得られない,または心房頻拍が明らかになった場
合にはNaチャネル遮断薬(シベンゾリン,ピルジカイニドなど)の投与を考慮する.発作を繰り返す患者では心不全に伴う神経体液因子の変化が影
響している場合がある.カルペリチドなどの使用により血行動態の改善をはかることで軽快する例もある(クラスⅡb,レベルC).

③心房細動・心房粗動

 心房細動や心房粗動によって循環動態が維持できない患者では直流除細動や心房ペーシングでただちに洞調律復帰を図る必要がある.しかし,
血行動態が保たれている場合には塞栓症予防治療とレートコントロールを優先する.ただちに除細動する場合は塞栓症のリスクがあることを念頭に
置く.心房細動や心房粗動の発症が48時間以内,あるいは経食道エコーで左房内血栓が否定できる場合はヘパリンを投与する.48時間以上ある
いは発症時期不明,または経食道エコーで左房内血栓を疑う所見を認める場合にはワルファリンによる抗凝固療法を行う.レートコントロールでは,
心機能を悪化させないジギタリス(ジゴキシン0.25mg静注から開始し,2時間ごとに0.25mg追加,最大1.00mg)が最も適している.効果発現には
30~ 60分を要する.効果が不十分な場合にはCaチャネル遮断薬(ジルチアゼム,ベラパミル)やβ遮断薬(プロプラノロールなど)を併用する.レート
コントロールと心不全の治療に伴う循環動態の改善により,洞調律に軽快する場合もある.薬物によるリズムコントロールは,血行動態が保たれ,塞
栓症のリスクが否定できる( 発症48時間以内または経食道エコーで左房血栓が否定できる)患者を対象とする.陰性変力作用の弱いNa チャネル
遮断薬(アプリンジン,シベンゾリン,ピルジカイニドなど)の静注や,Kチャネル遮断薬(ニフェカラント)の静注でリズムコントロールを図るが,血行動
態の悪化に十分注意し,随時,直流除細動器を用意しておく.心房粗動は心房細動に比してレートコントロールが困難で,薬物による洞リズムコント
ロール率も低い.治療抵抗性の心房粗動が継続する場合にはカテーテルアブレーションを考慮してもよい.器質的心疾患,特に心筋症を基盤に持つ
患者ではアミオダロンがレートコントロール,洞調律維持のいずれにも有効である.内服治療は効果発現に時間を要するため急性期の治療には適さ
ないが,長期的には心不全を増悪しないリズム治療薬として選択される(クラスⅡb,レベルC).

④心室頻拍と頻発する心室性期外収縮

 心室性期外収縮や心室頻拍の原因として心筋虚血や電解質異常は鑑別診断が必要である.心室頻拍が血行動態を悪化させている場合は随時
直流除細動を考慮する.急性心筋梗塞に伴う心室性期外収縮にはリドカインの効果が高い.血行動態に影響しない期外収縮は必ずしも積極的な治
療対象とはならない.心室頻拍の停止や頻発する心室性期外収縮の予防にはKチャネル遮断薬であるアミオダロンやニフェカラント静注により高い
効果が得られる(クラスⅡ a,レベルC).

 頻拍の起源が限局している患者はカテーテルアブレーションの対象となる.一過性の原因によると考えられる頻拍の場合を除けば,慢性期に植込
み型除細動器の適応がある(クラスⅡ a,レベルC).
1 急性心不全における不整脈
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