急性心不全治療ガイドライン2011作成班は,日本循環器学会,日本高血圧学会,日本胸部外科学会,日本小児循環器学会,日本心臓血管外科
学会,日本心臓病学会,日本心臓リハビリテーション学会,日本心電学会,日本心不全学会,日本超音波学会,日本不整脈学会の11学会により推
薦された11名の班員と21名の研究協力者により構成され,平成22年4 月に発足した.
前回の改訂では,(1)急性心不全の管理法が広範囲に満遍なく示されること,(2)長期予後に有用な急性期管理法のあり方について言及するこ
と,(3)保険適応になっていない処置でも患者への有用性が高いものについては記載するよう努めること,(4)先進医療については現実的なレベル
に留めること,(5)エビデンスの不足している領域については班員や協力員の徹底した討議と外部評価委員の合意により採用すること,などに留意
してまとめられた経緯がある.実臨床ではこれらの意図は極めて好意的に受け止められ,心不全の急性期診療アウトカムを高めたことであろう.確
かに,日本においてはすべての患者は医療保険によって護られており,医療へのフリーアクセスが担保されている.このことが大きく影響して,水準
化を受け入れやすい医療土壌をもっている.そして,それがNohria-Stevenson分類によるリスクプロファイルやNPPVによる人工呼吸管理の普及,
hANPを用いた急性期治療,Swan-Ganzカテーテルガイド診療の適切化,ACE阻害薬やβ遮断薬の早期導入,心臓リハビリの普及やBNP(NT-Pro
BNP)ガイドによる退院時指導,など多くの面で患者に極めて有益な進歩が確認されている.しかしながら,日本の実臨床に大きく貢献するエビデン
スの登場についてはこの5年間得るものが少なかったのも事実である.
今回も,この点を補い,次への飛躍に備えて,2011年2月18,19日の両日にわたって班員・協力者による徹底した問題点の指摘と討論が行われ
た.この班会議の合議を踏まえて今回の見直しは行われている.改訂に際しての班員・協力員の意志は以下のようにまとまられる.大きな合意は以
下の通りである.急性心不全治療ガイドラインとして,包括的なコスト・ベネフィットを念頭においた場合,目先の救命治療や心性危機を乗り越える治
療ばかりでなく,長期予後を見据えた急性心不全治療(例えば,心筋逆リモデリングを目指した介入など)とはどういうものなのか.さらに高齢者を含
め,独歩で退院してもらうためにはどうしたらよいのか.心臓リハビリの重要性も含め,本当に社会復帰を果たすことが可能となる急性心不全治療と
はどういうものなのか,を反映したガイドラインの提言を目指す.この前提を確認した上で,(1)いかに急性心不全を早期に発見するか,(2)いかに早
く患者の苦痛を取り除くか,(3)いかに早く心肺危機を脱するか,(4)いかにして原因を特定するか,(5)根治療法の選択をいかに行うか,(6)いかに
血行動態の安定化を得るか,(7)長期予後を見据えた急性期介入とは何か(例えば,心筋逆リモデリング),(8)早期離床と早期退院を図る,(9)重
症化予防・再発予防とは,(10)ホスピス診療のあり方,(11)指摘された齟齬の解消,の都合11点の改訂作業に取り掛かった.当然,日本のエビデ
ンスを盛り込んだ日本のガイドラインの作成を目指し,片方では新たに出されたAHAやESCガイドラインを参照した.また,他のガイドラインとの整合
性を図り,なるべく分かりやすい図表にして提示することとした.班員・協力員が一致団結してよい働きをしたと総括している.
しかしながら,他の領域と同じく,日本における臨床研究が乏しく, 診断や治療に関してevidence-based medicine に耐えるだけの学術的根拠に
薄い領域がみられるのも事実である.そこは,ガイドライン作成の前例に倣い,我が国専門家の叡智と経験を基軸に文献的検索や日本人データを用
いて妥当性をあらゆる角度から検証した.可能な限り先行研究の成果を活用し,エビデンスがない場合には専門医が多く用いている対応法を基に討
議を重ね,合意の上で提言にまとめた.
このガイドラインでも診断法や治療法の適応基準クラス分類やエビデンスのレベル表示を積極的に行った.適応基準クラス分類は次の4 クラスであ
る.
クラスⅠ: 手技,治療が有効,有用であるというエビデンスがあるか,あるいは見解が広く一致している.
クラスⅡ: 手技,治療が有効性,有用性に関するエビデンスあるいは見解が一致していない.
Ⅱa: エビデンス,見解から有用,有効である可能性が高い.
Ⅱb: エビデンス,見解から有用性,有効性がそれほど確立されていない.
クラスⅢ: 手技,治療が有効,有用でなく,時に有害であるとのエビデンスがあるか,あるいは見解が広く一致している.
またエビデンスレベルは以下の3 段階である.
レベルA: 400例以上の症例を対象とした複数の多施設無作為介入臨床試験で実証された,あるいはメタ解析で実証されたもの.
レベルB: 400例以下の症例を対象とした複数の多施設無作為介入臨床試験,よくデザインされた比較検討試験,大規模コホート試験などで実証
されたもの.
レベルC: 無作為介入臨床試験ではないが,専門家の意見が一致したもの.
このガイドラインは,あくまでも現時点で可能な,あるいは保険診療で行える範囲の内容を原則としている.近い将来において応用可能な有力な診
断法や治療法についても若干記述し,参考に供した.また,心不全診療における終末医療,ホスピス診療については提言として新しく収載した.避
けては通れない重要事項であり,近い将来の見直しを通じてもっと洗練され,患者と医療者,双方が受け入れやすい提言になることを願っている.