急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure( JCS 2011)
 
入院時の管理
・非侵襲的監視:SaO2,血圧,体温
・酸素
・適応があれば非侵襲陽圧呼吸(NPPV)
・身体診察
・臨床検査
・BNPまたはNT-pro BNPの測定:心不全の診断が不明の場合
・心電図検査
・胸部X線写真
CS 1 CS 2 CS 3 CS 4 CS 5
収縮期血圧(SBP)>140mmHg SBP 100~140mmHg SBP<100mmHg 急性冠症候群右心不全
・ 急激に発症する・ 主病態はびまん性肺水腫・ 全身性浮腫は軽度:体液量が正常または低下している場合もある・ 急性の充満圧の上昇・ 左室駆出率は保持され
ていることが多い・ 病態生理としては血管性・ 徐々に発症し体重増加を伴う・ 主病態は全身性浮腫・ 肺水腫は軽度・ 慢性の充満圧,静脈圧や肺動脈圧の上昇
・ その他の臓器障害:腎機能障害や肝機能障害,貧血,低アルブミン血症・ 急激あるいは徐々に発症する・ 主病態は低灌流・ 全身浮腫や肺水腫は軽度
・ 充満圧の上昇・ 以下の2つの病態がある① 低灌流または心原性ショックを認める場合② 低灌流または心原性ショックがない場合・ 急性心不全の症状およ
び徴候・ 急性冠症候群の診断・ 心臓トロポニンの単独の上昇だけではCS4に分類しない・ 急激または緩徐な発症・ 肺水腫はない
・ 右室機能不全・ 全身性の静脈うっ血所見治療・ NPPVおよび硝酸薬・ 容量過負荷がある場合を除いて,利尿薬の適
応はほとんどない・ NPPVおよび硝酸薬・ 慢性の全身性体液貯留が認められる場合に利尿薬を使用・ 体液貯留所見がなければ容量負荷を試みる
・ 強心薬・ 改善が認められなければ肺動脈カテーテル・ 血圧<100mmHgおよび低灌流が持続している場合には血管収縮薬・ NPPV
・ 硝酸薬・ 心臓カテーテル検査・ ガイドラインが推奨するACSの管理:アスピ
リン,ヘパリン,再灌
流療法
・ 大動脈内バルーンパン
ピング
・ 容量負荷を避ける
・ SBP>90mmHgおよび
慢性の全身性体液貯留
が認められる場合に利
尿薬を使用
・ SBP<90mmHgの場合
は強心薬
・ SBP>100mmHgに改善
しない場合は血管収縮

治療目標
・ 呼吸困難の軽減
・ 状態の改善
・ 心拍数の減少
・ 尿量>0.5ml/Kg/min
・ 収縮機血圧の維持と
 改善
・ 適正な灌流に回復
一般的治療
安静,酸素投与
硝酸薬,利尿薬,カルペリチド,ACE 阻害薬,ARB など
可能な限り再灌流療法(PCI)
心エコー
Swan-Ganz カテーテル挿入
経口薬や貼布薬に変更
(β遮断薬導入)
軽快不十分
IABP,PCPS
機械的合併症なし機械的合併症あり
外科的治療
IABP,PCPS
不十分
LVAS を検討
低血圧なし低血圧あり
ドパミン
ドブタミン
ノルエピネフリン
内服および
点滴薬剤の増量
心肺蘇生の必要性あり
なし
呼吸困難の軽減 酸素投与,NPPV 動脈血酸素飽和度>95% なし
頻呼吸,努力性呼吸の改善
気管内挿管
PEEP
鎮静,鎮痛
心拍数および調律異常ペーシング,抗不整脈薬,除細動
循環不全血圧安定,代謝性アシドーシス・臓器灌流の改善
Nohria-Stevenson 分類によるリスクプロファイルProfile B,C:重症,難治性
原因疾患および病態の診断と重症度評価
心拍数の安定
BSL,ACLS
原因疾患および病態の治療(図14参照)急性心不全あるいは疑い
不穏,疼痛
 初期対応には一般臨床医でも即座に参加可能な治療内容が望まれる(図3および表11を参照).

①呼吸管理

 酸素療法は呼吸困難の改善と,臓器低灌流の改善のために必須の方法であり,95%以上の血中酸素飽和度,80mmHg以上の血中酸素分圧を目指す.鼻カニューレやフェイスマスクを用いた酸素投与でも改善されない頻呼吸,努力呼吸,低酸素血症は密着型のマスクによる非侵襲的陽圧呼吸(noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)を即座に開始する.最初からNPPVによる呼吸管理を適応してもよい.従来から換気モードには持続陽圧呼吸(continuous positive airway pressure:CPAP)と吸気と呼気を別々の陽圧に設定する二層性気道陽圧(bilevel positive airway pressure:Bilevel PAP)が用いられてきた.原則的にCPAPを優先させる.最近では,患者の呼吸に同調して陽圧をかけ,患者の換気量により自動的に適正サポートする順応性自動制御換気(Adaptive servo-ventilation:ASV)が汎用され出した.ショック患者ではNPPVが有効でない場合もあり,NPPV無効例,意識レベル低下例,喀痰排出困難例,誤嚥の可能性が高い例では,躊躇せずに気管内挿管に踏み切る.パルスオキシメーターは精度に問題がある.必要時には血液ガス所見による確認が欠かせない.

②収縮期血圧に応じた強心薬,血管拡張薬の選択(表11)

 収縮期血圧が100mmHg以下で臓器低灌流所見のある患者では臓器灌流を維持するために昇圧薬を必要とする.強心薬の経静脈性持続投与は心筋障害を助長し,予後を悪化させる.血圧が保たれている患者には第一選択薬とはならない.しかし,ショック患者では速やかに対応すべきであり,使用を躊躇してはならない.使用時は早期から使用し,不要になれば速やかに中止する19).なお,心原性ショックでは,ドパミンよりもノルアドレナリンを使用した方が不整脈の発現が少なく28日後の死亡率もドパミン使用群より良好と報告されているが20),今後,データの蓄積が待たれる.

 一方,収縮期血圧が保たれている患者では血管拡張薬が第一選択である.後負荷を軽減することで呼吸困難を速やかに軽減させる.硝酸薬(ニトログリセリン,硝酸イソソルビド),カルペリチド(ANP製剤),ニコランジルが(虚血心に伴う急性心不全の場合)使用される.硝酸薬は特に即効性が期待できる.高血圧を伴った肺水腫患者にはスプレー投与や舌下錠投与が効果的である.但し,いずれも収縮期血圧が90mmHg以下の患者では,かえって臓器灌流を低下させ,腎血流量が保てなくなる可能性がある.

 表11の「クリニカルシナリオ」は明確なエビデンスが確立されているものではないが,急性心不全患者の初期収縮期血圧を参考に,その病態を把握して速やかに治療を開始するアプローチ法を提案したものであり,今後,検証が待たれる21).注意点として,血圧値のみから治療方針を決定してはならない.

③利尿薬

 効果的な除水により速やかに臓器うっ血を改善する.多くの場合,単独には使用しない.特に,収縮期血圧が保たれている例では血管拡張薬を主に使用して,利尿薬の併用は必要最小限とする.利尿薬の過剰投与はクレアチニン値を上昇させ,腎機能を悪化させる.一方,早期の適切な使用は腎うっ血を解除し,腎保護にもつながる22)
3 治療
図3 急性心不全の初期対応
表11 入院早期における急性心不全患者の管理アルゴリズム(クリニカルシナリオ)
図14 急性冠症候群による急性心不全の治療指針
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